趣味

2020年6月25日 (木)

植物から力を得る

Tomato

子供の頃、自分の両親が自宅の小さい菜園で野菜を作っているのをみて、「育てる手間と収穫量からみて、店で買った方が早いだろう」と半ば呆れてみていた。合理的に考えて、野菜など自分で育てるより買った方が安いのは子供でも分かる。しかし、いま、自分が両親の年に達して、家庭菜園にのめり込む理由が良く分かった。

野菜だろうが園芸用の草木であろうが、基本的には生長し、花を咲かせ、実を実らせて1年を終わる。この生長というのは、日々わずかであるが、数ヶ月というサイクルで見ると、とてもダイナミックなものだ。種から、苗から、日々生長して伸びていく姿を見ると、植物から生命エネルギーを貰うのである。そう、カンフル剤、あるいは精神安定剤的な作用があり、心が元気になるのである。

当たり前だが、40,50才を超えると、体は衰え、人生も先細りで、なんとなく終末観が徐々に増してくる。そういう状況で、日々根を張り、茎を伸ばし、葉を茂らせる草木を見ていると、その堂々たる生き方に感銘を受けるのである。年をとるほど、生命の力強さを示す植物の生長に敏感となり、あやかりたくなったり、自分の手のひらの上でコントロールしたくなるのである。これはできあがりの野菜を店で購入するのでは得られない快感である。

しかし、庭で雨が降る度に雑草がボウボウと茂るのをみて、生命の力強さを感じることはない。あくまで、ヒトにとって有益なものを確実に茂らせることに意義があるのである。ただ長く、自由に生きていくのではなく、立派に成果を出しながら生きていきたいという人生がそこには反映されている。目的の作物や花を確実に茂らせるためには、段取りと管理が重要だ。この段取りを間違えると、最終成果物が最大化されない。
収穫物に固執しないのあれば、梅雨時期からぐんぐん茂る雑草でもみておけば生命力は感じるかのもしれないが、所詮雑草は雑草、排除したくなる存在である。同じ植物なのにえらい違いである。

 しかし実際にやってみると、雑草除去だけでなく、害虫の凄まじい攻撃もあり、家庭菜園も簡単ではないのだ。

2018年7月10日 (火)

ゲイラカイトの衝撃

慶が子供の時代、遊びというのは基本的にアウトドアである。ファミコンなどという文明の利器が出てきたのは高校生以降であって、小学生のころは駒にメンコ、水鉄砲、凧揚げ、かくれんぼに鬼ごっこ、爆竹、虫取りといった類いだ。今の子供たちはいずれも一切やっていない。テレビゲームかスマホである。そうしたクラシカルな子供の遊びの中で、突如黒船が現れたのを覚えている。それは凧揚げにおける、「ゲイラカイト」である。
凧揚げとは、基本的に四角い形をしていて、左右に振れつつ、徐々に高度を上げる。しかし、わずかにコントロールを失うと急降下して墜落したり、隣の凧と絡んで糸が切れて行方不明になったりして大問題となってしまう。風の向きや強さも小刻みに変わるから、結構コントロールが難しい。子供の遊びの中では相当な技術を要求される。この難しい凧揚げをやっていて、隣で熟練したおじさんがぐいぐいと高度を上げて上手にコントロールするのを見せつけられると、ひれ伏すのである。

そうした状況で、突如現れたのがゲイラカイト。まず形状がハンググライダーのような三角形をしていて、古来の和風凧とは全く異なる。また、竹ひごと厚手の和紙で作られて破れやすい和風凧と材質が異なり、プラスチックの柄と強化ビニールという、超軽量でビラビラした、見た目は脆弱なものである。何より、黄色いにらみつける目玉が描かれたデザインが斬新かつ超威圧的だった。

しかし、このゲイラカイトは、見た目の脆弱さとは裏腹に、その飛行能力が桁違いだった。和風凧がうまく風をつかめないほどの弱風でも平気で上昇してゆく。通常の風があれば、すぐに風を掴んで一直線にみるみる上昇して行き、手許に巻かれた糸も全部伸びきってしまう。糸を全部繰り出すと、地表よりも強い上空の風をガッツリ捉えて、尻上がりに上昇し、体が持ち上げられるほどの張力で糸が切れそうになり、凄まじい恐怖感を感じた。糸を50mも繰り出すと青空に白い点ぐらいに殆ど姿が見えなくなるほど、すさまじい上昇力だった。ただ持っているだけで自動的に上昇して行くので、技術のない子供でも簡単に上げることができる。それまでの凧はなんだったのかと思うほど、圧倒的な飛行力を持っていたのである。

このゲイラカイトはNASAの技術者が開発したアメリカ製ということで、その飛行力を見せつけられた田舎のガキは、「アメリカすげぇ~~」と諸手を挙げて褒め倒すのである。まだ売ってあるそうだが、今では凧を揚げることができるような、民家も電柱も何もない広場はほとんどなく、活躍の場がないのがさみしい。
Gayla_kaight