芸能・アイドル

2020年5月24日 (日)

リモート中継で暴かれるテレビの虚構

Remote-tv

新型コロナウイルスは首都圏にある在京テレビ局も直撃したため、テレビのコンテンツも軒並み在宅放映モードに切り替わってしまった。タレントが局に集まれないため、司会者だけ出演して、あとはスタジオに液晶を並べて出演者が自宅からリモート出演という異様な状況だ。これでもまだマシな方で、他では平日に再放送や過去のダイジェストばかり流している番組もある。ただでさえ自宅待機でテレビを観る機会が増えているのに、コンテンツが面白くないという最悪の状況である。
しかし、何が一番驚きかと言えば、いつもテレビで観ているコメンテーターや芸能人の自宅からの中継というのが全く映えないということだ。テレビ局のプロのスタイリストの手にかかっていないおばちゃんコメンテーターの年齢以上の老け具合や、部屋着の汚さから漂うババア臭さというのは観るに堪えない。またコメントもスタジオのように事前に打ち合わせて適度にカンペンが示される状況にはないので、伝聞レベルのテキトーなコメントばかりだ。お笑い芸能人も相手がないと全然面白くないし、そもそも自宅モードで気持ちが切り替わらず、全くやる気がない。完全に素人のユーチューバーの方が自宅からであっても、圧倒的にやる気と表現力があって面白いのだ。
結局のところ、我々はゲーセンに置いてあるプリクラのように、スタイリストによって盛りに盛られて別人に変身した、原型が全く推定できない中高年者や、1人だと面白くないお笑い芸人が複数人集まってガヤガヤしながらテロップで無理くい笑わされているという、非常に悲しい、上げ底されたテレビコンテンツに惑わされていたことが白日の下にさらされた訳だ。どこぞの大手プロダクションの力で、面白くもない3人組お笑いが出まくっていたが、コロナショックで出番がなく、人気が瓦解することは間違いないだろう。
元々分かっていたことではあるものの、コロナショックでこれが一気に露呈したという感じだ。コロナショックは、テレビ芸人とユーチューバーの垣根を取っ払ってしまった。ユーチューバーとテレビ芸人との境がなくなれば、これほど大量にプロの芸能人など不要で、安上がりのユーチューバーの進出機会が激増する。コロナショック前からひかきんやふわちゃんがテレビに進出していたが、このあとはとどめもなく、素人が公共の電波に出演するのだろう。

2020年5月 3日 (日)

伸び続けろ!髭男dism

Higedan

オリコンニュースより

 

中高年の慶は、音楽と言えば80年代の洋楽が中心である。この80年代主義は、、このブログの中で何度も自負している。残念ながら、その洋楽も80年代後半以降はユーロビート、ラップ、レゲエなど、上っ面だけのそれっぽい風潮に流されて空中分解してしまった。いまアメリカやイギリスのヒットチャートは80年代ほどの新鮮さも熱さもない、淡々としたものだ。アメリカではスーパースターのテイラー スウィフトなどを聞いても、「それでどうした?」「ゴーゴーズ崩れ」という程度の感想だ。いまアメリカもイギリスも日本も、ヒット曲の多くはメロディーメーカーの旋律に頼っている。日本で言えば米津玄師が典型だ。まずイントロやサビを先に鼻歌で決めてしまい、これをパソコン上で適当なビートで繋いで終わり。まるで小学校で合唱させられる文部省唱歌のように、単調なメロディーだけが耳に残って、曲自体はのっぺりとしたものだ。まあ薄っぺらいものだ。コレをYouTubeで垂れ流すだけ。

そういう邦楽の中で、いま突然変異のようなスーパーグループが活躍している。髭男dismとKing Gnuである。しかし、慶はKing Gnuはすごいとは思わない。独特ではあるが、どの曲も同じだ。これではすぐネタ切れするだろう。なにより、受けそうな世代のスペクトルが狭すぎる。一方で、髭男は違う。とにかく多彩で、ぞっとするぐらい素晴らしい楽曲を放っている。音楽にうるさい中高年である慶が、「完全に参った」と降参するのである。ティーンエイジャーから中高年まで、「いいぞ!」と訴えるスペクトルの広さがある。まさに突然スターが現れたという気がする。特にstand by youは最初聞いた時に背筋が寒くなった。イントロもすごいし、サビで突然楽曲が止まって拍手と合唱だけになり、またサビが終わった瞬間に2番が始まる。とりつく島もないという感じであまりに独創的でひっくり返ってしまった。「どんな本や映画より、色あせない不滅の日々を重ねて歩きたい」。これって、普通のラブソングの歌詞なのだろうか?まるでプロポーズの殺し文句のようだ。ノーダクトのクールで軽快な8ビートもいい。プリテンダーやI loveのベタな感じのラブソングもハマっている。そうかと思えば、Fire Groundのようなヘビメタもやってのける。さらには、Sweet Tweetのような甘酸っぱい楽曲もある。これが同じグループがやっているのかと舌を巻くほど多彩だ。余程いろんな曲を貪欲に吸収して練習したのだろう。また曲が良いだけでなく、歌詞も含蓄があっていい。

慶が中高生の時は、こんな天才的な日本のミュージシャンは居なかった。もちろん、サザンだ、アリスだ、ユーミンだ、山下達郎だとか、大物はいたが、やっぱり頑張ってやってます感だけだった。若くて、溢れる才能がトドメも無くはじけるという感じではなかったのである。たぶん、今名前を出した大物ミュージシャンも、髭男を聞いて「もう俺たちの時代ではない」とお手上げの状態の筈だ。なにより、伸びしろがすごいことを恐怖に感じるほどである。

しかし、何が一番驚くかと言えば、メンバーの出身地だ。何と島根県の米子市周辺。島根県出身のミュージシャンと言えば、山下達郎の嫁さんの竹内まりあぐらいしか知られていない。とにかく田舎だ。そんなところから、天才的な若いミュージシャンが彗星のごとく出てくる。こういうのはいいなあ。なんとなく雑草魂を感じる。King Gnuのように、玄人好みでトレーニングされたおぼっちゃまミュージシャンの対極にあるのかもしれない。

2019年12月21日 (土)

ダンシングヒーローはバブル期の曲ではない

Yoko_oginome
学校の授業でダンスが取り入れられるようになったとかで、ダンスの全国大会「全国高等学校ダンス部選手権」というのがマスコミでも取り扱われるようになり、大阪の大阪府立登美丘高等学校が荻野目洋子のヒット曲「ダンシングヒーロー(Eat you upのカバーヴァージョン)」をバブル期の格好をして踊るなど話題をさらっていたりしていた。同校の”バブリーダンス”はネット上にも動画がアップされていて、誰でも見れるようになっている。しかし、ハッキリ言って、慶はこれに対して相当なる違和感を覚える。なぜなら、荻野目洋子がダンシングヒーローを謳っていたのは1985年末のことであって、まだ日本経済はバブルではなかったからだ。いや、バブルのはしりでもない。なぜなら、1985年はプラザ合意で円高が急激に進行した年であり、産業界はモノを輸出しても高くて売れなくなるという危機感が強かった。そのため金融緩和をして、円高のショックを投資へ向かわせることでごまかし、結果的にバブル景気が1987年ぐらいから1991年まで発生したのである。ダンシングヒーローがヒットしていた時代はバブル発生の2年も前のことだから、登美ヶ丘高校生がバブルの格好(正式に言うとワンレン・ボディコンでディスコに行く格好)でダンシングヒーローを踊っているのは全くもっておかしい。だいたい荻野目洋子自体が、ダンシングヒーローを謳っている時に、そんな格好はしていなかったし、踊りも当時は派手と思われたが、ダンス大会で披露されるようなモノと比べて実に穏やかなものであった。

それでは、ダンシングヒーローというノリノリの曲がなぜ忽然と日本のアイドル曲として世に現れた理由は何かと言えば、これはイギリスでそういう曲調が流行っていたから、これをパクっただけのことである。当時、イギリスのプロデュース・チーム、ストック・エイトキン・ウォーターマン(SAW)が彗星のごとく現れ、Dead or Aliveの「You Spin Me Round」が売れまくっていた。この楽曲手法にインスパイヤーされてダンシングヒーローが日本でリリースされて、まんまと売れたのだ。SAWがこの曲を発表したのが1984年、イギリスやアメリカのヒットチャートを賑わしていたのは1985年の夏頃だ。ダンシングヒーローが出てきたのは1985年の11月なので、売れている最中に作った楽曲である。ほぼ同時期と言って良いほどのスピードで食いついており、当時の日本の音楽業界のアンテナの敏感さというか、何がこの先売れるのか飢えていた感覚というのはすごいモノがある。

このSAWはその後もバナナラマの「Venus」、リック・アストリーの「Never Gonna Give You Up」、カイリーミノーグの「ラッキー・ラヴ」など、どこで拾ってきたか分からない、にわかアーティスト(一発屋)を使ってヒット曲を連発していた。売れに売れたと言っても過言ではない。既に当時から浸透しつつあったブラックミュージックの魅力に酔いしれていた慶は、このSAWを「クズ楽曲」と見放していたものだ。このSAWの大ヒットに触発されて、ヨーロッパ中心に「ユーロビート」という、「クズ中のクズ」楽曲がさらに流行り、このユーロビートがバブル期のディスコで流れまくっていたのである。このユーロビートをパクった長山洋子やWinkが日本でも売れまくり、さらにこれをより大々的にアレンジ採用した小室ファミリーが出てきたのもこの時期である。いずれにしても、「SAW→ユーロビート→バブル期のディスコ」という流れは良いのだが、「荻野目洋子のダンシングヒーロー→バブル期のディスコ」という間違いは正されなければならないし、バブル期のノリでダンシングヒーローが書き換えられていろいろ動画がアップされるのは歴史を書き換える韓国と同類の行為なのでやめていただきたい。

それはそれとして、荻野目洋子さんを久々にテレビや動画でみるようになったが、50過ぎてもスタイルバツグンで年とらないね~~

2019年7月26日 (金)

吉本の芸人さんたちよ、労働組合を結成しなさい

吉本芸人の反社会勢力との単発営業に端を発し、コンプライアンスを振りかざして芸人をトカゲの尻尾切りにしようとした会社と芸人の関係性が問われている。現在、会社側と芸人側で神経戦が繰り広げられているところだ。
今回の騒動で、吉本興業は株式会社なのに雇用関係にある所属芸人と雇用契約書を交わしておらず、なのに一方的な契約解除を迫ることができるというちんぷんかんな組織であることがわかった。また社長が密室で、「お前ら全員クビにできる」と恫喝したにも拘らず、風向きが悪くなると「冗談なのに受けなかった」「場を和ませるためだけのもの」と世間がビックリするような言い訳で逃げようとしている。普通の会社社長ではあり得ない無責任ぶりである。
今回の岡本社長の会見を見ていて思ったのは、最初から減給で自らに処分を加えることで、逆に現在の職にとどまる決意表明をしている。ほとぼりが冷めたら、反旗を翻した芸人らを冷遇・パージしたるぞという恐ろしい意匠返しもちらつかせている。こういうブラック経営者がいるというのは、結局株主以外に経営陣と対峙できる勢力がないからなめられているということだ。だから吉本芸人が今すぐ取り掛かるべきことは、「吉本興業芸人労働組合」を結成して団体交渉で勤務条件や報酬の配分について文章で決めて行くシステムを作ることだ。個別にSNSで発信したりして情報戦をやるのはあまり良い戦略ではない。
プロ野球でも選手会という労組があるのだから、芸人だって必要だ。だいたい法律で労組を作るのが当たり前になっている。労組もないのに報酬の件で文句を言ったり、有力芸人が直談判しても何も解決しない。会社vs個人で、個人が勝てる訳がないのである。だから有力芸人が会長に対して辞めろと直談判しても、相手は全くとりつく島もない。仮にダウンタウンの元マネージャーという立場で、ダウンタウンに頭が上がらない社長であっても、こういう時は組織擁護のために、いくらでも化けてしまう。組織には組織をぶつけないと、対等には渡り合えないのは世の常である。
そういった意味で、吉本興業労組が立ち上がったら、極楽とんぼの加藤氏を組合の委員長に、書記長に雨上がり決死隊の宮迫氏を選出して会社側と対峙したら良い。そうしたら手のひらを返したように組合の言うことを聞くようになるから、その方が世間を巻き込まずに冷静に交渉ができるというものだ。

2017年12月 8日 (金)

さらば!とんねるず

マンネリタレントの代表格だった「とんねるず」の唯一のレギュラー番組であった、「みなさんのおかげです」が、来年3月で終了するそうだ。元々低視聴率番組だらけでも何ら改革をしない、無能なフジテレビを代表するダメ番組であった。最近は町中をブラブラして食レポしたり、まだ売れてない若手お笑いに一発芸をさせて床下に突き落としたりするツマラナイ内容で、番組としてほとんど作り込んでいないので呆れていた。放送が終了するというのを聞いても、「やっと今頃か?」という感はある。
このとんねるずは、慶の世代を代表するタレントだ。ある意味で、「芸無し・素人タレントのはしり」であった。彼らが人気を博したのは、そのしゃべくりである。そのすべてが、「内輪ネタ」「楽屋落ちネタ」であった。「とんねるずのオールナイトニッポン」ではトーク内容のほとんどが、スタッフ(放送作家、マネージャー、プロデューサー、高校時代の部活メンバーなど)の話題で占め、一部の放送関係者かマニアックなハガキ職人にしか分からないネタばかりであった。それでも、内輪ネタで勝手にスタジオで大盛り上がりしたり、シナリオを全く持たない、型にはまらないスタイルは斬新で、それなりに人気があったのである。
しかし、所詮素人タレントで、すぐにネタ切れ。しかし、帝京高校野球部とサッカー部の控えとして鍛えられた、相手の腹読みと懐柔のための話術による情操術が冴え渡り、時の有力歌手やタレント、プロデュサーや放送作家をうまくごますりして懐柔することに成功。特に放送業界のドンであった秋元康と日枝久、美空ひばりの舎弟として潜り込み、コンスタントに仕事を貰って、気がつけば30年経過した。遂にその牙城であったフジテレビからも最後通告を受けた訳だが、その終了予告番組では、ごますりに熱心だったフジテレビのプロデュサー(石田弘・港浩一)に扮して出演するなど、最後まで内輪ネタで立ち振る舞いすることしかできない、B級寄生虫タレントの最後をみているようで情けなかった。最後までオリジナルの芸を磨くことはなかった。
Tunnels
結局のところ、よく地方の番組でチョロチョロ見る、名も無き「ローカルタレント」と同じレベルだ。東京圏内からは出てこず、都会のジャングルと複雑怪奇な人脈の中を、浮気性の女のように飛び回りながらテレビの画面にちょろちょろと露出する、悲しきローカルタレント。そのローカルがたまたま東京という、オランダ、スイス、サウジアラビアよりもGDPが大きな大都会であったため、ここまで飯が食えたのだろう。こういう芸無しタレントが、30年間高いギャラで飯を食い続けたというのは、ある意味でギネス級であり、東京という大都市の旨みが大きいことにとどまらず、ごますりだけで生きてきた能力に敬意を示さねばならない。



2017年8月 7日 (月)

韓国では超売れっ子、日本ではクズ以下

遂に弾劾裁判で大統領の職を追われて犯罪人になってしまった朴槿恵。在任中は人気取りのためか、使える権力を総動員してアホみたいに反日感情を煽る、完全嫌がらせばかりしていた。その副作用として、日本人に嫌韓感情が蔓延してしまい、K-POPも韓流ドラマもすっかり下火である。せっかく外貨獲得の一環として育ててきた芸能なのに、自らの嫌がらせ、歴史ねつ造でブランドに泥を塗りまくるとはアホらしい。日本から韓国への観光客も激減している。
ということで、韓国へと旅行する日本人が激減しており、我々も今の韓国国内の状況がどうなっているかさっぱり分からないし、知ろうともしていない。今韓国に行けば、テレビCMは小太りで一重瞼のおっさんが出まくっていて、「お~相当売れているな!」という感じだ。その正体は韓国が世界に誇るスーパースター「PSY」である。
PSYは4年ほど前に世界じゅうで「江南スタイル」が大ヒットして有名になった韓国のポップスターであるが、その後も韓国では国民的スターの地位をキープし続けている。その後もヒット曲を生み出しており、「I Luv It」あたりは江南スタイルに匹敵する売れようらしい。
このPSYはしっかりCDなどを作って売ってゆくのではなく、You Tubeなどの動画サイトでシングル曲を拡散させる手法をとっており、あっという間に西欧でも人気になっているのだが、とにかく日本では全く話題にならない。完無視なのである。とにかく日本では受けない。
コミカルな中年オッサンがいくらノリのよい曲で踊っても、日本人的にはみやぞんと同じルックスではイメージが悪すぎ、ダンスの内容も下品で面白くないのである。画像は派手であるものの、完全に「変~」という感じで鼻で笑われている。PSYのブームが日本で起こらないのは単に需要がない、日本人の音楽観に全くフィットしないからだ。この中年小太りのPSYのもり立て役として超美人でスタイルのよい韓国ダンサーがゾロゾロ画面に出てくるものの、これも結局整形美人のオンパレードなので、余計に韓国製のコンテンツによくある「胡散臭さ」がにじみでてしまい、さらに鼻で笑われるきっかけをもたらしている。向こうとしては相当力を入れて、非常に良くデザインしているつもりなのだが、ホンモノ志向の強い日本人的には、出来の悪い中国製のパクリ製品を見せられているような感覚で見ているので、性分に合わず、どうでも良いのである。
Psy_sara

しかし、サムスンのギャラクシーやこのPSYが欧米で受けているのも事実だ。ギャラクシーなどは火を噴くから飛行機に持ち込まないようにアナウンスされるほどなのに、それでもまだまだ世界中で売れている。この点を見ると、世界の市場というのは日本が考えているほどハイスペックさを要求しているのではなく、安くてそこそこ機能があればそれで十分という感じなのだろう。しかし、この誘惑に負けて日本もレベルを下げるべきでない。日本は孤高の聖人ではないが、絶対に低レベルのものに妥協することなく、常にハイスペックを目指して進むべきであろう。

2017年7月14日 (金)

最近目立つダメ女たち

ここのところ世界的・国内的に大きな話題となるニュースが少ないせいか、ワイドショー的なくだらないニュースが続いている。その極めつけは豊田議員の公設秘書に対する暴言・暴行、松居一代の離婚をめぐる不規則発言・行動だろう。
まず豊田議員をみると、経歴は実に華々しい。
・東京大学法学部を卒業し厚生省へ入省
・ハーバード大学大学院へ入学し、理学の修士号を取得
・金融庁の総務企画局にて課長補佐
・在ジュネーブ国際機関日本政府代表部の一等書記官
・厚生労働省で課長補佐
・厚生労働省を退官し、衆議院議員へ立候補・当選

経歴はすさまじい。これだけのエリート官僚出身で、ワイドショーで放送されている音声は「バカ~」「ハゲ~」「死ね~」の罵倒シャワーである。わかりやすく言えば「ヒステリー」である。こういう車中の会話まで隠し録りして、それを週刊誌に垂れ流す元秘書というのも最低であるが、それだけ口による暴力などが激しく我慢の限界を超えたのだろう。政治の世界では秘書というのは命をかけて議員を守り通すという「守秘義務がすべての職業」という認識があるので、その秘書にあっさり裏切られて水に落ちるのも情けない。結局は、いくら東大法学部卒でキャリア官僚出身とは言っても、その程度の人材だったと吐き捨てるしかないのか。
もう一人の松居一代は絵に描いたような「狂騒人」である。過去に何度も世間を騒がせる行動や発言を繰り返しているので、いちいち解説は必要ないだろう。夫の苦労は計り知れない。支配欲と嫉妬心がやたらと強く、何でも自慢したがり、気に入らないことがあれば白も黒と言い張って攻撃する。とにかくすべてが自分を中心に廻っており、気に入らなければ徹底攻撃も辞さない。
この2人は「ヒステリーと狂騒人」ということで片付けることができるのだが、慶が思うにこういうオバハンは昔から居た。いまでも巷にはゾロゾロ居る。慶の身の回りにも10本指で数えることが難しいぐらい居る。だから特に大騒ぎする必要はないと感じる。従って、これがニュースとして取り上げられること自体に大いなる違和感がある。おそらく世間体的には、「国会議員のくせにヒステリー丸出しとは情けない」、「芸能人の地位を利用して世間を攪乱させるとは無責任」という問題意識が強いからニュース性が増しているのだろう。
慶は前にもブログで書いたが、国際社会から日本の女性進出が遅れている色んな数字を突きつけられ、しゃにむに公的機関や上場企業で女性幹部を増やす努力が取り組まれている。当然といえば当然であるが、日本社会で女性が社会的に高い地位をなかなか占めない理由は、日本社会が「男尊女卑」という慣習にあるのではない。今の日本の制度では、能ある女性はいくらでも高級官僚になれるし、会社役員にもなれる。何も昇進を妨げる制度や慣習はない。これは保証できる。子育てなどで昇進に支障が出るのは30台までの話であり、40台、50台の女性にとっては、能力と体力があれば、、いくらでも昇進できるし下駄を履かせることができる時間帯である。それでもなお数字が上がらないからと言って、さらに下駄を履かせて上位の役職に上げたりすると、今回のような問題が発生するのである。要するにトンデモ女性の絶対数が増えたのではなく、「露出の機会増大」により、思考回路が合理的でない女性が目立つようになっただけのことである。これは会社組織などでも、会社役員の子弟子女をコネで役員に入れた時に発生する問題と同根である。男女で選別をかけるのではなく、能力で選別をかけないからこうなるのである。
こういうヒステリーや狂騒人の露出で世間が嫌な気分になるのをみると、まず女性の質の向上から取り組まねばならないと強く感じる。

2017年6月25日 (日)

美人薄命、まだまだ名残惜しい

先日著名なフリーアナウンサーで歌舞伎役者の妻が進行性の乳がんが悪化して死亡した。死亡する2日前まで、ブログで3百回以上も情報発信をしていたようだ。慶はそのブログは全然見ていないが、しつこいぐらいネットニュースで流れていた。
がんに冒された人が、命を削りながらも仕事を続けたり、闘病記を出版したり、今回のようにブログで発信したり、一昔とは違うスタイルの自己主張をするケースが増えてきた。その多くは、同じくがんで闘病する患者に勇気を与えるものだと好意的に捉えられているようだが、慶はそうは思わない。批判は承知しているが、やはり同情できない。
どこの女優さんだったか分からないが、この年になれば、余命があまりないと思った時から、身辺整理につとめるようになったそうだ。住み慣れた豪邸を手放し、持っていたものはすべて処分あるいは人にあげる。今では小さいマンションで、必要最小限の衣服だけ、食事も外食で済ませていて、いつ死んでも遺品はほとんどなく、誰にも迷惑をかけずに静かに消えていけると言っていた。
慶はこの話を聞いた時に感動したのである。まさに、「立つ鳥、跡を濁さず」である。寅さんを演じていた渥美清が全身にがんが転移しても映画に出続けたのち、これ以上は無理だとなったところで、「俺のやせ細った死に顔を他人に見せたくない。骨にしてから世間に知らせてほしい」という遺言を残して、誰にも知られることなく息を引き取った。訃報は死の3日後に松竹から公表され、世間は突然の死に驚いたのである。人は死んでしまえばただの死体であり、火葬されれば何も残らない。また、どうせ死ぬのに、じたばたして、相手に嫌な思いをさせたくない。「どうせ死ぬなら爽やかに、元気な時のイメージを損ないたくない」。そういう想いが強く伝わってくる。
一方で、ブログで3百回も辛い姿をさらけ出しなら情報発信する。一体その目的は何かと言えば、誰かに同情して貰い、少しでも苦しさから逃れたいという自らの弱さ、甘えが垣間見えているのではないのか?そこにはお世話になった「公」や「友人」への感謝の気持ちはなく、自分の病気に対して返信してくれた人への「私」しか見えない。これが有名人でなければ、完全に無視されるだろう。
自分が家族ある身で余命半年と宣告されれば、まずは死後にバタバタしないよう身辺整理を行い、お世話になった人に直接挨拶して周り、これからの人生や考え方を引き継いでくれる家族や友人に対して自分の思いをしたため、質素な墓を作り、その時が来るまでブラブラして過ごしたい。家族や友人以外に余計な情報を発信したり、同情をかってもらったりはゴメンだ。家族や友人でない限り、しょせん、人の死などどうでも良いのだから。

2016年12月28日 (水)

ファン不在のSMAP解散に違和感

国民的アイドルだったジャニーズ事務所所属のSMAPが解散する。今年1月頃に解散の噂話が雑誌に出た。内容は事務所から独立しようとしているが、木村拓哉が残留を希望してうまく行っていないというものだった。その後、3月に5人が揃ってテレビで騒動を謝罪。解散話は流れて一見落着したかのようだった。しかし、その後5人で活動することなく経過し、8月に年内解散が事務所から正式に発表される。活動の期限が12月31日となっていたことから、大晦日の紅白歌合戦が引退イベントかと思いきや、1週間前にこれの出演を辞退。
そうしたなか、最後の番組出演と思われるSMAP×SMAPの最終回が12月26日に放映された。慶も見たのだが、昔の古い映像を延々流してオルゴール音を被せるという、まるで葬式会場で流す映像と全く同じ演出で、結局解散発表後に5人が集まって撮影されたと思われる最後の映像は、5人がタキシード姿で歌を歌うシーンだけ。終わったら5人が90度に深々とお辞儀をしたまま幕が降りるという、何ともあっさりした演出だった。ファンに対して何も語らず、お騒がせして後味悪い終わり方なので、ひたすら謝ってフェードアウトということなのだろう。リーダーの中居さんだけが1人背中を向けて大泣きだったが、「こんな終わり方ではダメだよ」というのがヒシヒシと伝わって来る。しかし、そのあとスタッフが1人ずつSMAPと集合写真を撮る映像が延々流れるあたりは、ファン不在、フジテレビのバカっぽさを象徴するシーンだった。
Smap
慶はファンでも何でもないが、そもそもこの終わり方はなんなんだ。ファン不在であって失礼極まりない。芸能人だったら、CDやDVD、コンサートに長年足を運んで多額のお金を貢いできたファンを大事にするのが基本ではないか。SMAPほど長く第一線で活躍している芸能人で、そんなことが分からないとはとても思えない。こういう後味が悪い幕引きとなると、当然戦犯捜しが始まるだろう。
このSMAP騒動を、SMAPの5人と事務所との関係だけで論じていては真相が全く見えない。まず1月に突然事務所を出ていくスクープ記事が出てきた点が重要である。実は長年SMAPの元チーフマネジャーを務めていた飯島三智氏がジャニーズ事務所と不仲になり、会社を退社する見通しとなっていた。理由は細かくは分からないが、この元マネージャーの退社に合わせてSMAPも事務所を出ていく予定だったという。これは確かに不穏な行動で、事務所が長年育てた看板タレント丸抱えで事務所を出ていくというのは、事実上のクーデターに近い。もちろん、外向きにはSMAPが自発的にマネージャーについて事務所を出ていくという話になっているが、普通そんなことは難しいだろう。木村拓哉は腰砕けになって敵前逃亡したかのような扱いになっているので、当初からこの元マネージャーが裏で糸を引いていたとしか思えない。
ある意味で、元マネージャーの個人的わがままによってSMAPは振り回され、引き裂かれたという構図だ。これだけ国民的アイドルをズタズタにした元マネージャーだが、真相を語ることなく知らぬ存ぜずを通している。自らが手塩にかけて育てたタレントを、事務所とのトラブルで退社する段取りになったら引き抜こうとし、失敗したら当然SMAPの中にあった亀裂が大きくなってズタズタになる。それも知らぬ存ぜずを通すというのは、ある意味焦土作戦である。こうなると、最大の被害者はSMAPとそのファンである。
長く世話になった会社を紆余曲折あって出るとしても、看板タレントを率いて独立するのはご法度である。タレントは会社のブランド、重要物品であり、それを持ち出すのは横領行為だ。それをタレントの自由意志でやっているかのように粉飾しようとしても、5人も居れば必ず何人かは「それはおかしい」と異を唱えるのは当たり前のことである。この元マネージャーは業界の稼ぎ頭を潰したA級戦犯として間違いなくパージされることは必至だし、後味悪い幕引きにしたわがまま香取慎吾も干されて消えるだろう。逆に本筋論で一貫して事務所残留を主張した木村拓哉は「楠木正成」状態であり、ジャニーズ事務所のトップタレントとして今後も厚遇されることは間違いない。

2016年1月26日 (火)

日本が育てた西欧ミュージシャン:QUEEN

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前回世界的ミュージシャンで俳優でもあったデービッド ボウイさんの追悼ブログを書いた。彼はかなりの日本びいきだったのだが、その彼がより日本びいきであるグループと「Under Presser」という曲で共作している。そう、クイーン(QUEEN)である。
クイーンを知らない世代でも、そのいくつかのヒット曲を聴けば、「ああ、あれか」というぐらい聞き慣れているだろう。CMとかで未だに使われているからである。このクイーンは1970年代から1980年代前半まで活躍したイギリス出身のグループである。しかし、母国でもアメリカでも、出始めにちょろっと人気が出たものの、当時はプログレッシブ・ロックという難解な音楽が流行っていたせいで、メロディアスなクイーンの楽曲は「低俗」と酷評されいた。
しかし、彼らの人気は意外なところで火が付いた。そう、日本である。当時の日本は今考えると信じられないぐらいに外国情勢に敏感で、ビートルズが下火になった頃に、このクイーンに食いついた。初来日から熱狂的なファンに囲まれ、来日したクイーンのご当人達が驚き、興奮し、しかもその後もアルバムが日本で売れまくり、すっかり主要市場となってしまった。そうすると不思議なもので、日本であれだけ売れるのだから、まあまあ魅了あるグループなのだろうということで、本国イギリスやアメリカでも「再評価」されるようになり、その語ヒット曲を連発して世界的なグループにまで昇華したのである。このクイーンの世界的成功が西欧の音楽業界ではかなり評判になり、どんな駆け出しのグループでもあっても、世界ツアーでは必ず日本に立ち寄ったものである(今では考えられないが)。
日本によってスターに押し上げられた恩義なのかどうか分からないが、クイーンのメンバー、特にボーカルのフレディー マーキュリーはその後とてつもない日本びいきになったのである。コンサートでは誰が教えたか知らないが、「パンツ脱げ~」と叫んだり、日本酒の一升瓶を抱えて町を練り歩いたとか、飛行機で畳を持ち帰った、日本庭園をイギリスに造ったとか伝説ばかりである。しまいには、日本語の曲も作ってしまった。

デービッド ボウイもフレディー マーキュリーも同性愛者であったが、彼らが共に日本に入れ込んでいた点は見逃せない。日本は戦国時代から大名は「バイセクシャルが基本」であったし、江戸期に至っても同性愛者が差別されることはほとんどなかった。日本は中世からLGBT先進国だったのである。西欧音楽など分かりそうもない日本に来てみると、母国より熱狂するファンの群れがあり、独特の文化を有し、性や芸術に開放的であるとなると、まるで宇宙に来たような感覚に囚われるのかもしれない。