育児

2019年7月14日 (日)

年金の支給状況を冷静に見つめて論議

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参議院選挙期間に入り、国民の投票行動は社会保障制度と経済政策の今後について左右される。選挙直前に「老後に2千万円貯金がないと生活ができない」という金融庁の答申が出てきて、与党自民党は火消しに走って大変な状況であった。そのタイミングで、街頭インタビューで、「月に6万円で生活などできない」、などと言った高齢者の生の声を交えて年金制度の危機が訴えられている。まさに、年金制度への先行きが憂慮されている訳である。
しかし、この「6万円で生活云々」というのは、国民年金の支給額のことである。厚生労働省の説明資料にもあるように、原則として日本の年金制度は2階建て構造となっている。国民年金しか受給できていないのは、人生のほとんどを自営業もしくは無職の生活保護でやってきて、国民年金以外に掛け金を支払っていない人ぐらいで、必ずしも年金受給者の大多数ではない。年金の2階部分は厚生年金で、労働者のほとんどを占めるサラリーマンは必ず2階部分が受給できる。これがだいたい9万円ぐらいあるので、国民年金と合わせると月に15万円、夫婦なら妻の国民年金も加わるので、21万円あまり受給可能だ。もちろん退職前の潤沢な給与所得から比べると半分以下であろうが、老後に働くこと無く収入があるということは実に素晴らしい社会保障制度であり、年金受給者のほとんどが、寝ても覚めても、「年金は有り難い」と繰り返している。
  さて、問題はこれからである。現状のままであれば、年金制度は心配する必要はないが、年金制度の継続性を脅かす3要素があり、これが確実に進行する病魔のように年金制度を陥れることが明かである。1つは少子化である。日本は既に少子化が著しく、今後労働力人口がすさまじい勢いで減少して行く。労働力人口が年金制度に支払う掛け金によって、現在の年金受給者の受給額が決まってくるので、払う側と貰う側の比率が変われば、払う側の負担が増えたり、受け取る側の額が減少して大変なことになる。この比率の問題は第2の要素でも影響を受ける。長寿命化である。現在日本の平均寿命が80歳代の後半なのだが、これがさらに10年伸びて人生100年の時代が来る可能性があるのだ。「減る若者、死なない老人」という構造が年々拡大すると、若い労働者は負担額が大きくなって潰れてしまう。さらに心配されるのは、労働力人口の減少によっておこされる経済の停滞で、日本経済のGDP自体が縮小、場合によっては厚生年金の部分も縮小して、受給額が激減する恐れもあるのだ。
こうしてみると、抜本的な改革は、2階部分の掛け金を支払う人を増やすしかないのではないか。1つは第3号被保険者である専業主婦をなくすことだ。専業主婦もサラリーマンとして働いて貰い、しっかり年金掛け金を払ってもらう。これは今すぐやらないといけない改革だが、政治家は常に怖がってこれをやらない。むしろ消費税を上げるよりも、扶養控除を無くしてしまうことの方が、経済や年金制度にとって好ましいのだ。女性が働くとさらに少子化が加速するではないかとの懸念もあるが、専業主婦でも子供なしか、居ても1人というのが多いのだ。専業主婦に手厚い扶養手当を付けても、ランチ産業が栄えるばかりで、少子化対策にはならない。育児休業制度が充実しているし、待機児童問題を規制緩和で解決すれば、働きながらでも子育ては可能なのである(実際少子化が進んでいないアメリカなどはそうだから)。それと、移民の日本国籍所得である。既に研修生として日本に多くの外国人が事実上就労するようになってきた。彼らは外国送金のために就労しているが、その中には日本に移り住んで日本国籍を取得することもあろう。そうすると、当然日本の年金制度に加入して掛け金を支払う側に回る。これは、突然労働力人口が増えて年金掛け金の収入が増えるのだから、決して悪いことではない。問題はどの時点で日本国籍を取得するかで、できれば若ければ若いほど良いのだ。
年金制度を続けるか止めるか、続けるなら、永続性を持たせるために、どのような社会的制度を充実させるのか、参議院選前に、候補者はもっと熱く語るべきではないか。

2017年11月17日 (金)

アベノミクス失敗から労働再配分を学ぶ: 新たな共働き制度の提案

慶は長かったデフレと少子高齢化のなか、人々が将来に不安を持って消費をしたがらない、よって、社会福祉制度をより充実するという絶対約束の下で、消費税をもっと上げることが経済対策にもなると主張してきた。
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/693286/579712/86770921
その考えに変わりはないのだが、どうもそれだけで消費が上がるとは言えないという解析結果も出てきているようだ。
一時は若者の正社員化が進まず、ワーキングプアが社会問題となっていた。それが今や人手不足で、それが原因で閉店や倒産が吹き荒れている。何ということだ。では、ワーキングプアが解消されているかと言えば、どうもそうでもないらしい。雇用の実態とマクロ経済から見ると、所得を押し上げる要素がないようだ。というのも、少子化で不足する若年労働力を、女性パートと同じく低賃金の再雇用者が支えていて、どちらも収入が少なく、GDPを押し上げる作用が小さい。すなわち、デフレでもないのに、労働者不足という理由で低賃金、短時間労働者は増えている(若年層→主婦・高齢者にワーキングプアが移っただけ)。GDPは就業者数の増加に見合うほどは増えず、消費も低調。結局のところ、日本経済が収縮していることに変わりないというのだ。
人手不足の中、高い生産性が期待できる若年労働者の正規雇用を本来増やしたいところ、少子高齢化の下で若年層の供給が絶対不足しているため、短時間労働しかできないリタイア層の再雇用や女性の活用によってしのいでいるという現状が見えてきた。その結果として表れる労働生産性の低迷が「雇用と景気のズレ」をもたらしている疑いが強い。
高齢者や女性の活用が進むことによって、労働参加率が高まってくることは日本経済にとって望ましい。だが今のところ、それが成長率に直結している様子はない(これからもないだろう)。労働時間の伸びを伴って労働投入量が増えるのでなければ、成長への寄与もそれなりのものにとどまる。当たり前だが、飲み食いの足し程度の収入では消費は伸びない。高齢者に高い賃金を払ってフルタイムで働かせるのも限界がある。いくら年寄りが元気とは言っても、はやり60を越えれば体力は衰える。
政府も国民も移民は入れたくないだろうから、そうなると、労働生産性を高めつつ、GDPを引き上げる伸びしろは30代から50台の女性しかない。すなわち、これからは、共働きが当たり前の社会にしなければならない。一方で、共働きが少子化を加速しても行けない。少なくとも40代に入れば育児休業という足かせは無い。ただ子供は中高生、大学生なので、全く手がかからないわけでもない。香港やシンガポールのような裕福なところでは、共働きが基本だし、しっかりハウスキーパーを雇用して、家庭生活のみならず、会社での労働の質もちゃんと維持している。
そうなると、リタイヤした高齢者をハウスキーパーとして短時間派遣するビジネスがあっても良いかもしれない。いや、高齢者しかその役割は担えないだろう。共働きが大変なのは朝と夕方だ。昼間は家に誰も居ない。例えば、朝5時半にハウスキーパーが訪問して、朝ごはんの準備をして全員が会社や学校・幼稚園に行ったら洗濯物や洗い物を終わらせて10時半には施錠して退去。時給千円で5時間労働となり、日給5千円。次に夕方は子供を学校や幼稚園から向かい入れて16時に家庭に入り、洗濯物を片付け、夕食の準備をして家族が揃う19時に退去。3時間労働となり、日給3千円。これを月20日間で計算すると家庭としては16万円の出費となる。午前も午後も同じ人がハウスキーパーすると月収16万円だが、5時間の人は月収10万円、3時間の人は月収6万円と、全部で3つの選択肢がある。元気な人は16万円、しんどい人は6万円という感じだ。
仮に女性が正職員として36万円の月給を貰っても、家事の手伝いで出費が16万円だと、半分近く無くなってしまい、現状のパート労働と身入りが変わらない。しかし、この分を消費増税分で補填したり、企業の税控除対象として半分捻出できれば、月収36万円から捻出するハウスキーパー費用は8万円に留まり、家事をほとんどやらないだけで、28万円が実収入となり、十分な可処分所得となる。このGDP押し上げ効果は相当なものだ。なにより、高齢者雇用確保、共働きによる生産年齢層の増加と可処分所得増加、少子化対策が同時に達成できるという優れものだ。これが慶が考える、新しい時代の社会のあり方である。消費税3%が有効かつ確実に機能する。
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女性が安心して正社員として働き、高齢者がハウスキーパーとして年金を超える収入を得るためには、少なくとも月に8万円の公的補助が必要だ。国内5,340万世帯の1/3が労働者世代の世帯数だとすると、1,789万世帯に毎月8万円(年間100万円)補助するとなれば、総額約18兆円の財源が必要だ(1/3の世帯すべてが共働き世代となった場合の話)。これは一見無理だと思われるが、18兆円は540兆円のGDPの3%に相当する。消費税3%分で、子育て世代のハウスキーパー費用を月8万円補助でき、その効果で高齢者の雇用が増えるなら、双方の効果でGDPの押し上げはある筈だ。そもそも、若年層、子育て世代、高齢者の世代が1/3となるこれからの日本では、こうした労働市場の需給バランスがとりやすいのである。机上計算では、需給バランスが合うのである。
そもそも高齢者がハウスキーパーとして雇用があると分かれば、病院治療費だけ貯めて、今のように無理して貯金する必要がない。年金とハウスキーパー費用で十分な生活が成り立つからだ。また家事は重労働とは言っても、歩き回ったり車の運転など移動を伴う訳ではないし、天候にも左右されない。高齢者の可処分所得も増えれば、こちらでもGDPの押し上げ効果がある。とにかくシミュレーションして、やった方がよいとなれば、どんどん進めようではないか。

 

2013年2月 7日 (木)

少子化対策は相当な利益誘導が必要

「今の日本を良くするにはどうする」というテーマで論議させると、百家争鳴で絶対に結論は出ないと思う。安全保障から始める人、景気対策がすべてという人、社会保障を徹底しろ、平和がいい、原発は嫌だ、消費税は廃止しろ、などなど、絶対にできないことばかり連呼してオシマイ。こういう無理難題に優先度をつけて、順番に片付けて行くのが政治の本来の仕事である。しかし、今の日本では、順位付けが「政治家の雇用・党利党略優先」となっていて、日本丸が迷走する諸悪の根源となっている。
慶も色んな政策について関心を持っているが、一番優先度が高いのは「少子化対策」だと考えている。普段主要な政策課題に上らないから意外に思われるかもしれないが、絶対にこれは重要だ。
まず少子化の何が悪いかと言えば、人口が減る。当たり前だが日本人の絶対数が少なくなれば、それだけ国力全体が下がるのは必然である。まず労働力人口が下がる。働き手が少なくなれば、企業活動が低下する。学校も、病院も、警察も、農業や工業、小売り業者から葬祭業者まで、人口が減ればそれに応じて縮小を余儀なくされる。日本全体の経済規模が縮小するから、国力が確実に下がるのである。これは相当な悪影響である。
また若い労働力が少なくなっても、老人人口はすぐには減らないので、少なくとも半世紀以上は働かない人と働く人の逆転現象が発生する。これは、社会保障などの制度が破綻する要因となる。今の日本が置かれているのは、不景気と先が見えない社会保障制度の谷間で、守りの生活を余儀なくされ、金が回らなくなっているからである。若い人がどんどん社会に入っていき、取りあえずあまり頭を使わずとも精一杯がんばれば、社会全体として何とかなる。高度経済成長期の人口構成はまさにそうだったが、これが崩れれば、社会の舵取りは非常に難しい。
少子化は先進国病だ。日本は少子化対策に本格的な取り組みをやっていないので、まだ改善の余地はあると思う。しかし、西欧先進国並の子育て環境を整備したとしても、今の少子化レベルが劇的に改善されるとは考えていない。なぜなら、子供を育てたいのに、経済的、制度的な壁で思いとどまっている人の割合以上に、結婚すること、子供を産み育てることを「足かせ」「めんどくさい」と考えている女性が相当数居るからである。これは子育てを支援する小手先の制度改善をしても、メリットが相殺されない限り、少子化対策に協力してくれる可能性がほとんどない。
学校教員の質の低下を見ていて如実に感じるのは、学校教員として職業を全うするには、教員としてのスキルの上達よりも、基本的に「子供が好き」でないと勤まらないからだ。仕事として子供と接してやっている分には、淡々としか処理できないから親身が入らない。これではバッファーがない教員だから、何かあった時には全く予見能力もなければ、処理能力も期待できない。言われたことを処理するだけの存在なのである。
これは子育てにも言えることで、子供が好き、欲しいという気にならないと、少子化対策には繋がらない。現代の女性が子供を産まない理由は、子供のすばらしさ、将来性に期待するよりも、目先の自分の生活をエンジョイしたいと考えているからである。特に仕事を持って十分な収入がある女性は男性の力を必要とせず自立できる。経済的に結婚するメリットはない。自由度も一人の方が高い。そういった意味で、保身と我欲が強固となり、自分から積極的に動かない限りは、今の好条件がいつまでも維持されるという期待感が強くなっている。こうなると、結婚・子育ては徹底して遠ざけられてしまう。
これは例え既婚者であっても、昔に比較して子ナシが非常に多くなっていることからも十分に説明できる現象だ。結婚→即子育てという昔の構図から、結婚した段階で「もう負担や煩わしさはコリゴリ」という夫婦も増えているのである。 「子供がたくさんいたら、こういうメリットがある」というのを知らしめることは非常に難しい。また、「子供はかわいくて良い」というのも、ペットで十分に代理できる。下手すれば子供より犬の方が可愛いいことも多々ある。やっぱり個人単位で見れば、独自収入ありで、そのまま一生過ごした方が経済的・物理的に楽なのは間違いない。少子化対策は言葉では一言だが、実際にやるには非常に重たい施策である。だから政治家は全部逃げているのである。 今まさに少子化で日本全体が縮小している中で、世帯を持っていることのデメリットを相殺するため、税金で色んな社会制度を補完するのはどだい無理である。
子供を育てない方が経済的なメリットが多いことが、少子化進行の最大要因なっていることは間違いない。従って少子化進行を根本的に止めるには、今論議になっている消費税や社会保障の改正において、結婚せず単身で独自収入を持っている人に対して、かなりの重税なり社会的負担を負わせる制度設計にしないとバランスが取れない。例えば、収入1千万円以下の人の所得税は原則30%とし、結婚時に20%、第1子が生まれたら10%、第2子が生まれたら5%、第3子が生まれたら22才になるまで非課税とする、などの大胆な税制優遇制度をやらないと、まず解決しないだろう。

2013年1月18日 (金)

痛快!ビッグダディー

実のところ、慶はこの番組のことはほとんど知らなかったのだが、小豆島に旅行した際に、とあるお店の前で、島外ナンバー(ちなみに小豆島は香川ナンバー)の観光客がゾロゾロと集合写真を撮影していた。「これ何だ?」と思って立ち止まったところ、うちの子供が「ビックダディーのお店だ!」と叫んで事実関係が判明したのである。それでこの番組を気にかけて見るようになった。

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大家族ものの番組は昔からスポット的に放送されている。なぜ大家族ものがテレビ番組になるのか良く分からないが、とりあえず画面一杯に子供が登場し、しかも雑然とした生活風景が流れると、「貧乏人の子だくさん」という雰囲気が良く伝わってくる。そんな中でも子供の笑顔、両親のバイタリティーが視聴者に勇気を与えてくれる。そんなパターンが多いものだ。このビックダディーも基本路線は同じである。ただ他の番組よりも長期シリーズ化されている。もちろん、実名、顔出しである。
奥さんは2人も替わり、しかもどちらも子だくさんで家族関係は複雑。生活は困窮し全国を転々とする生活。こうした状況でも、お父さんが精一杯明るく前を向いて、強く生きていく背中を見ながら子供達は育っていく。この番組は、我々に生きるという生命力を見せつけてくれる番組だ。
これほどシリーズ化される理由は、林下さんのキャラクターに依るところが大きい。これだけの子供を抱え、故郷の岩手県の久慈を発った後、奄美大島から小豆島まで渡り歩くには、それ相当の胆力と体力がなければ務まらない。若い頃から柔道をやっていた関係で体力は抜群なのだが、それ以上に感心するのは芸達者ぶり。まず、お店の看板にもなっているが、絵がうまい。自分のキャラをうまく表現できている。
また、子だくさん世帯の定番である食事シーンも面白い。とにかく料理の腕前がすばらしいのである。いわゆる男料理で単純豪快である。何でも放り込んで鍋に仕立てたり、身近な意外な食材を使って、洋風料理に仕立てたり。味は残念ながら画面より伝わらないが、うまそうだし、メニューも飽きさせない。子供達は何一つ文句を言わず、出された料理を黙々と平らげている。これだけの家族が生きて行くには、まずは飯を食わないと始まらない。いや、飯さえ食って雨風しのげれば、ヒトは十分に生きていけるのである。
また小豆島は周りを海に囲まれて、釣りも好きなだけできる。もちろん護岸からの釣りだから、釣れるのはアイナメやカサゴなど小魚中心だ。アサリ掘りだってタダでできる。そういった意味で、小豆島は食糧調達をするには絶妙のロケーションである。自然豊かな瀬戸内海の島である。畑仕事で収穫される野菜も貴重な食料源である。
小豆島シリーズを見ていても、特に自治体が何か特別な計らいをしているとも思えない。だいたい整骨院のお客はガラガラだ。テレビで有名になっているからと言って、お客が増えているとも思えない。小豆島の人口はそんなに多くないのである。ただ少ないお客が、食糧を差し入れに来たりしていて、島民の相互扶助精神だけは視聴者をほっとさせる。今後も波乱の人生が続くようだが、この子供達が一人もドロップアウトすることなく、立派な社会人として旅立つことが、ビックダディーの夢なのかもしれない。一人で少子化に歯止めをかけ、子供が世間に迷惑をかけないように巣立つことを唯一の生き甲斐としてがんばっている林下さんを見ていると、多少の演技の部分を差し引いても、同じオヤジとして涙が出そうになるのである

2012年10月19日 (金)

生活保護は一体どうするの

夏前にお笑いタレントの親族が生活保護を不正受給していたということで、報道で少しだけ話題になっていた。最終的にはちゃんとお役所と相談して打ち切ったり、一部を返納したりしているので、法的な問題は発生していない。今問題になっているのは道義的な責任だ。「タレントやっている癖に親族が生活保護を受けるとは」。まあ嫉妬に近いものである。このニュースは2つの点で現実を見せつけられた。 一つめはお笑いタレントの収入が決して良くない、安定していないこと。我々が想像する以上に安月給で働かされているのである。ちゃんと家を建てたり、親の面倒をみれるほどの収入に達するには、相当売れないと難しい。今のお笑いタレントの置かれている境遇を考えると、慶はあまり追求せず、そっとしておいてあげたいと思う次第である。
ただ、2つめの不正受給が結構多いということはより問題視すべきだ。今回はタレントの親族だから話題になったようなもので、これが一般の人となれば相当な数に上ると思われる。慶でさえ、偽装離婚(離婚したが夫がそのまま住んでいる状態)で生活保護を受けている人を知っているぐらいだ。生活保護費の支給月額は住居や教育費を加えると22万円超、医療費はすべて公費で無料、社会保険料は免除、保育園の保育料は無料、学校の給食費やワークブック代も支給、光熱水料の減額だってある。じゃあ、条件が同じ父子家庭はどうかと言えば、一切何もなし。自力で育て上げるしかない。実際に職場の先輩で奥さんが間男と駆け落ちしてしまい、見事な父子家庭となった方がおられた。もちろん、国や自治体からは何の支援もなく男手1人で娘さんを2人育て上げた。退職前に、「やっぱり苦しかったな、親から貰った土地がなかったら無理だった」とポツリとつぶやいたのが思い出される。受給者には悪いが、今の母子家庭優遇はあまりに過保護すぎる制度である。だから、不正受給があとを絶たないのである。
通常の生活保護費を受給した方が、フルタイムのタクシー運転手として働くよりも実収入が多いという実態も相当にあるそうだ。これでは生活保護とは言えない。セーフティーネットは決してゆとりある生活を保障するものではない。あくまで駆け込み寺としての制度にとどめておかなければ、労働意欲は沸かないし、国の借金は積み上がるばかりである。この生活保護の支給総額は何と年間3.7兆円もある。消費税5%の税収が12兆円弱だから、実に消費税分の1/3ぐらいが生活保護費で消えて居るのである。ちなみに日本の防衛費は4.6兆円である※。いかに生活保護費が膨大か良く分かる。
また偽装が見抜けない最大の要因は、監視するのが民生委員にゆだねられているからだ。以前、100歳以上で所在が不明の高齢者が2万人近くいて、この不明者にも一部年金が支給されていたことが問題となった。そもそも高齢者が生きているかどうかさえも役所は把握できていないというのは、国民をきちんと見守る役の人が、民生委員しかいないからだ。民生委員はボランティアで役所の仕事を請け負っている。他人のお世話ごとを、ただ働きでやるということで、当然だがこの制度ではなり手がないし、核家族化と拝金主義がはびこる現代では機能不全となっている。年金やら生活保護費の不正受給の問題は、すべて民生委員制度が機能していないことに由来している。いくら善意の奉仕者とは言え、人はそんなに暇でお人好しではない。また民生委員が社会的にリスペクトされてもいない。やりがいもないのだ。だからと言って、民生委員に活動費を支給したり、この制度を廃止して公務員を増やして監視を行うとい うことは、昨今の財政事情から言って困難だ。結果として、無駄な税金が使われようとも、それを問題視することは年々難しくなる。日本中にこうした 機能しなくなった制度がたくさんあるのに、役所も政治家もそれを変えない。いや、現実を見ようとしていない。
慶は生活保護と年金と医療制度を縄のれんで現金支給主義にするのではなく、個人の生活の質を見極めながら現物支給と自立支援を柱にしながら統合管理すべきと考えている。

※日本の防衛費を調べるために防衛省のホームページを見ていたが、実に詳細な資料が出ている。これを見ると戦闘機を何機購入、駆逐艦を更新とかは当然として、燃料費や人件費がいくらとか、小銃の調達数などは9,513丁とか下一桁まで出ていて、ほとんど丸裸である。実に民主的というか、シビリアンコトロールができているとは思うが、軍事力はある程度ブラックボックスになっているから相手国に脅威を与える面もあるので、ちょっと公開しすぎかなという感じがした。

2012年3月 8日 (木)

子供が増えないと話しにならない

よく年金の話題になったときに、「現役世代の負担」という言葉が出てくる。いま年金を受給している人たちのお金は、働いている人たちから徴収した年金掛け金があてがわれているのである。一昔前は働いている人4人ぐらいから徴収した年金を、1人の年金受給者に充てていたので、これだとそれほどの負担にはならない。今の年金制度はこの負担割合を前提に作られている。しかし、戦後生まれの高齢者が増え、寿命も伸びる。また、働く世代に加わる筈の子供が少なくなっているし、若者の世代を中心に非正規雇用の割合が増える、総所得が右肩下がりになっているなどの複数要因のために、年金制度が立ちゆかなくなってしまった。
それで小泉政権時代に100年安心と制度改革を行ったが、要するに支給額を減らし、支給年齢を切り上げ、年金掛け金もどんどん上げるというものである。だから100年安心というのは、現行の「年金制度」を100年温存できるというだけの話しであり、掛け金を払う側、受け取る側はこの無謀な制度の犠牲、すなわち、国家ぐるみの詐欺で苦しむということになってしまう。安心の意味が全然違うのである。年金制度を所轄する役所の役人が安心する制度なのである。
この制度は早晩廃止すべきなのだが、だからといって老後の生活を何らかの形で保障しないと福祉制度がなくなってしまう。これまでいくつか案は出してきたが(ブログで主張しても犬の遠吠えだが)、まず根本のところで、少子高齢化を止めなければならないので、このことについて述べてみる。
未曾有の高齢化を超える勢いで子供が増えてくれれば、いずれ労働者として加わってくるので、福祉制度を再構築しやすくなる。しかし、これが全然進展せず、女性が一生に産む子供の数はすっかり減ってしまった。ほとんどは1人、2人までで、3人以上というのは珍しくなった。この要因として、晩婚化、経済的負担、生活の質の維持などが指摘されているが、すべてが「子供を育てるのは大変」ということに繋がっている。晩婚化というのは、働く女性が増えたということだ。働く女性が増えれば、家事や子育てに時間を割けないし、出会いも少ない、結婚しても職を失いたくないので、必要最小限の子供1人という選択になってしまう。これを防ぐために育児休業制度が導入されたが、せいぜい1年しか休めない。少なくとも子供は小学生に入るまでは手がかかる。残り6年はどんな制度を使っても繋げない。

この働く女性のために絶対に必要なのが保育園だ。朝子供を預けて夕方引き取る。その昼間の時間にきっちり働けば、何とか生活が繋がる。しかし、この保育園、特に働く女性が集中する都市部では空きがない。いわゆる待機児童問題だ。また、子供を預かって貰える時間も限られる。朝は良いのだが、夕方はせいぜい18~19時までだ。ちょっと仕事が押すと間に合わない。まして微熱が出ただけで引き受け拒否となり、緊急帰宅して自宅で看護しなければならない。非常に危うい制度である。
外国のように、職場に託児所があって、子供を連れて出勤などという夢のような世界は日本では見られない。結局発展途上国の発想のまま来ているのである。専業主婦を優遇する制度で懲り固められているために、働く女性をベースにした制度設計に乗り移れないのである。育児休業制度よりは、職場、あるいはオフィス街に託児所を整備した方が絶対に働く女性にとって有り難い制度である。今の制度では、働く女性が増えれば増えるほど少子化が進展するということになるのは必然である。
遅ればせながらこれからオフィス街でも長時間預かれる託児所が増えることも予想されるが、国や自治体の補助が無ければ非常に高い負担を強いられ、結局は少子化に歯止めはかからないだろう。だから国は働く女性を支援する未認可の託児所を開設する場合の補助制度、それを支援した企業への減税措置を設けるべきである。これに反対するのは現在認可されている郊外の公立保育所だろうが、少子高齢化を止めるためにはこういうばからしい既得権益に耳を傾けていてはいけない。
今、巷で良く言われている若者の「草食系化」もこの少子化が原因だ。兄弟、姉妹が複数いて、食事も遊び道具も奪い合いになり、自然と「競走しないと敗れる」という意識が子供の頃から根付いて、結果的に社会に出ても肉食系として活躍する。何とかして働く女性が3人以上子供を育てることに負担のかからない社会になるよう、皆で努力すべきではないだろうか。