日記・コラム・つぶやき

2020年1月 2日 (木)

正月: 暦だけが変わって区切りにならない

12月31日から1月1日に切り替わると年が変わる。そして年が変わると初詣やらその年の抱負を語ったりと、年始の行事が目白押しとなる。しかし、学校も会社も、年末年始前後で何も変化はない。学校も会社も、年度で変わる。3月31日から4月1日にかけて大きく変化するのだ。社会活動の年度変わりと比較すると暦上の年変わりはほとんど意味がなく、そのギャップの大きさに興醒めしてしまうものだ。

例えば冬至を境に年が変わるのなら、これから陽が長くなるという変化を感じるだろう。もしくは中国のように旧正月(2月上中旬)を祝うとなると、これは寒さが底を打って毎日気温が上昇し続けるので非常にわかりやすい。個人的には年度の変わる1ヶ月前に年変わりした方が良いと感じる。年が変わって、年度が変わるまでの1ヶ月をモラトリアム期間と位置付けるのだ。3月1日に入ってから、学生は合格発表、卒業式、春休みに入る。会社は人事異動を発表し、4月1日までの1ヶ月間、対象者は引っ越しや引き継ぎなどを行う。卒業や入学もなく、異動も関係ない人は普通通りに働くか有給休暇でも消化すれば良い。そう、有給休暇もこの年度変わりで更新した方が絶対に良い。

いまのように年変わりと年度変わりが4ヶ月も空いているのはとても中途半端。一方で、暦そのものを根本的に改めることも難しいだろう。あとは運用の仕方がポイントで、極端な話、正月はただの冬休みにしてしまい、余計なイベントは入れずに徹底して簡素化してしまったが良い。逆に3月から4月にかけてのモラトリアム期間は、徹底して壮行会やら春の年度替わりイベントを突っ込んで欲しい。

2019年3月16日 (土)

恐るべきアラカン世代

ここでは現在60才前後の人々をアラカンと呼ぶことにする。慶はこの世代の人々に接してみて、大いなる違和感と憂えを感じるのである。アラカンになると図太くなるのでわがままであるとかいう一般的な話ではない。そういう加齢に伴う行動や性格の変化ではなく、このアラカン世代は、恐るべき突出した個人主義、勘違い人材が目白押しなのである。この世代が今から20年ぐらい前から慶はそう感じていた。例えば、このニフティーでの人気ブロガー、具体的なことは示さないが、その中で繰り返される姑いびりに戦慄を覚えるのである。痴呆症になった姑に振り回されながら介護した努力は分かる。しかし、もう亡くなられてこの世に存在しないのに、遺品をブログ上で晒して要らないとか、昔を振り返っていびり返したりと、亡くなった後も復讐するがごとく、執拗にやっている。ハッキリ言って、こういうのは過去の日本人にはない習癖だ。日本人は淡泊な性格というか武士の情けというか、亡くなった人を晒し者にしたりはしない。もちろん中国や朝鮮半島では、死んだ後に墓を暴いたりするなど残虐な扱いには枚挙にいとまが無いが、日本人は少なくともそういう人種とは根本的に違う。しかし、いまこの瞬間のアラカンだけは全く違うのである。

そこで、なぜアラカンだけ日本人離れした個人主義、勘違いで甲斐性がないのか考えてみる。まず、ここでいうアラカンの年令は概ね1955から1960年生まれの人たちで、現在の年令は59才からの64才間である。この世代を一言で括ると、何事も好運に恵まれ、何一つ苦労なく一生を過ごしてきた奇跡の世代である。

まず戦後の貧しい時代を全く知らない。この点アラカンの前の団塊の世代とはだいぶ異なる。中学生になる頃は、1970年から1975年。日本の高度経済成長の絶頂期である。当然日本人も豊かになって、その影響が地方まで及び始めた頃である。生まれてから高校を出るまで、まず貧乏というのを知らない。

次に大学時代は1973年から1982年の間である。まずこの世代より10年ぐらい前の団塊の世代という、超人口増、過当競争社会があったのだが、このアラカン世代はそれが一段落しており、それでいて大学の定員は伸びていたので、まず受験戦争がそうひどくはない。だから、相当なボンクラでも、えり好みさえしなければ、大学まで行けたのである。何より大学は学生運動も完全に下火になっており、また高度経済成長の絶頂期だから、就職も楽勝。よって、安全安心、完全進学、完全就職という、まれに見る好運状態で大学を出ている。

次に会社も業績好調でボーナスたっぷり、団地もボコボコ造成されて、マイホームから1時間以内に通勤できる環境で子育て。最大の危機はバブル崩壊で、1998~2000年代頭までリストラの嵐が吹き荒れたが、その時の年令が30代後半から40代前半という働き盛りであったので、リストラの嵐もギリギリ受けていない。そして、たいした能力もないのにエスカレーター方式で幹部になって、そのまま現在退職しているのである。

このアラカン世代の経営者などがやらかした企業不正は実に多い。それは、上記のように人生のすべてが努力なく、ボンクラでも平均以上にゲタを履かせてもらい、いずれの世代よりも順調に出世したおごりがあるからに相違ない。天下泰平の時代を何の苦労も努力もなく、どの世代よりも順調に過ごして来た。こんな世代は日本史上ほとんどないのではないか。

しかし何が怖いかというと、このアラカン世代の子供である。現在35才から40才ぐらいの連中である。これがまた親同様に苦労知らずの個人主義、放漫なのである。上沼恵美子をネットで罵倒したりしたお笑いg芸人がいたが、まさにアラカン世代の子供だ。テレビで暴力沙汰や詐欺の類で連行されるのも、このアラカンジュニアがむちゃくちゃ多い。このアラカン世代の子供が働き盛りになる2020年以降は、失われた20年以上に日本の社会は荒廃してゆくに違いない。

2018年9月20日 (木)

美人局な花火大会

夏の盛りに各地で行われる打ち上げ花火大会。暑い夏の夜に、大勢で出かけて、海沿い、川沿いで繰り広げられる花火の大輪に大歓声となる。1年に1度これを見ないと夏が来た感じもしなければ、暑い夏を楽しんで乗り切ろうという気持ちにもなれない。もはや夏の必須イベントと言って過言でない。
江戸時代に隆盛した打ち上げ花火だが、今では全国津々浦々で鑑賞することができる。無論、花火大会は、地元企業や個人の志によるところが大きいため、財力に応じて規模は自ずと定まって来る。少ないと100ー300発、多いと3千発以上、観光の目玉となっているところでは1万発を超えることもある。花火大会の会場には老若男女が集い、屋台が出て、それこそ夏の最大イベントと化すものだ。花火大会へ浴衣姿で来る若い女性の艶やかさ、それを舐め回すように眺めたりナンパすべく押し寄せる、目がギラギラとしたガラの悪い若者など、会場は独特の雰囲気に包まれる。
しかし稀に花火大会は残念な結果を招くこともある。一つは雨や台風による中止だ。花火大会は真夏は目白押しのために、請け負う業者もスケジュールが満杯であり、基本順延という訳には行かない。太平洋高気圧が張り出している真夏の盛りなので雨で中止というのは確率的にあまりないのだが、それでも天候不順な年には稀にあるものだ。そのガッカリ度というのは実に大きい。
もう一つは開催されたものの、煙で全く見えないパターン。今年の鎌倉での花火大会がそうだったらしく、ネットに悲惨なツイートが氾濫していた。花火というのは基本火薬を使った爆発物なので、当然煙は出る。通常の天気なら上空は緩やかな風が吹いているので、煙は棚引いて消えるので、閃光が見えないということはまずない。しかし、とにかく無風に近い時に、打ち上げ場所から会場に向かって微風しか吹いていない時が最悪だ。煙がずっと居座り、会場に向かってゆっくりとしか流れて来ないので煙臭く、閃光は全く見えない。スモークのような煙の中から爆発音だけが聞こえるという最悪の状態に陥る。特に打ち上げ数が多い規模の大きな花火大会ほどこの状態では最悪で、30分やそこらの開催時間内で風向きが変わることはまずないので、風が弱くて会場に向かって吹き込む時は、一体何しに行ったのかわからないほどがっかりするものである。
しかし風向きばかりは自然の力によるもので、人力で変えることはできない。すなわち、怒りの矛先を向ける場所がないのである。そういう花火大会は観客席が冒頭からざわざわし、そのうち徐々に無口になり、待てど暮らせど改善の兆しもないので、櫛の歯が抜けるように客は帰りだす。それでも一途の望みをかけて粘って最後まで残った人々も、「え〜これで終わり!」「まじかよ〜」と悲鳴をあげたのち、葬儀の帰りのように静々と帰るのだ。
見えないとわかっていても中止できず、淡々と花火を上げ続ける花火師もストイックだが、遠くから電車に乗って早くから陣取りしていた、気合の入った人々の落胆も大きい。しかし、それも人生でよくあるシーンの一つなのである
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2018年9月14日 (金)

体感温度で先の2017-2018冬の寒さを比較

2017-2018年の冬は何十年に一度の寒さであった。逆に2018年の夏は過去にない猛暑で度肝を抜かれた。このように寒さ暑さの差が激しい年であったが、まず寒さの方を改めて振り返る。
2017年の冬は11月中旬から突然訪れた。そして、2月中旬まではずっと平年を下回る寒さが続いて列島中を凍てつかせた。すさまじい寒さだった訳である。その後2月下旬から偏西風の流れが変わり、日本付近に向けてシベリアの空気が流れ込むのは収まり、代わりにヨ-ロッパ方面で偏西風の蛇行(というより西進)によって遅れて寒波に見舞われていたものである。3月は平年を上回る気温が続いたため、桜の開花は例年並みとなり、慶が憂慮した春の訪れが遅れるという事態は発生しなかった。5月、6月は平年並で無難に推移し、梅雨の出鼻はあまり雨が降らなかったものの、7月5~7日にかけては全国的に大雨被害となった。これを過ぎた7月9日頃から太平洋高気圧とチベット高気圧がそろい踏みで日本付近に張り出し、以後は8月下旬まで連日の猛暑となったところである。台風は3つほど、いつもと異なる日本中部へ上陸、1つは西進するなど逆走もあったりした。
さて、冬の話に戻る。慶は日本中あちこち旅したことがあるので良くわかるのだが、暑いとか寒いというのは気象予報士やレポ-タ-が温度計を抱えて語っても伝わらない。温度計の数字通りではない。例えば、夏に沖縄の人が東京に来ると暑いと感じるらしい。もちろん物理学的には温度計の数字が全てであるが、我々は生物だから、身体で感じる暑さが重要である。例えば同じ温度でも風があれば、湿度が低ければ暑さが和らぐ。逆に冬だと気温がちょっと高くても風が強ければ逆に大いに寒く感じる。東京などで裏路地の住宅街を歩いている時はポカポカ陽気だが、ビジネス街に来るとビル風が吹きまくって凍りつきそうである。街頭から駅の構内に入ると暖かく感じ、プラットフォームに立つとまた寒くなる。これは建物の中では風がないからだ。同じ東京でも場所によって体で感じる温度は全然違うのである。
そうした点を考慮して、いわゆる「体感温度」という計算方法がある。通常の温度を、風と湿度で補正して、できるだけ人の肌で感じる温度に換算する方程式だ。そこで、今年は特に1月下旬から2月上旬にかけて凄まじく寒い日が間断なく続いたので、この期間(2018年1月20日から2月9日まで)の気象デ-タを引っ張って来て、これから各都市の体感温度へ換算してみた。体感温度の算出は以下のサイトで行った。
https://keisan.casio.jp/exec/system/1257417058
用いたデ-タは3項目で温度は日平均の中での最高気温、湿度、それと最大風速である。結果を順番に並べてみた。
2018_wcftemperature

最も暖かいのは那覇である。沖縄はサンゴ礁があるぐらいなので当然だが飛び抜けて体感温度が高い。東京以西では静岡が最も暖かく、宮崎と高知が同程度、東京も3番目ぐらいに位置する。あとは似たり寄ったりである。仙台が福岡よりも体感温度が1度も高いというのは意外である。仙台は東北の中では太平洋側に位置しており、陽だまりがあり、風がブロックされているので、緯度の割りには相当に暖かいのである。今年は特に西日本全体が寒かったので福岡にとっては分が悪く、他の年で比較すればさすがに福岡の方が仙台よりは若干暖かいだろう。宮崎や高知が暖かいのは当然としても、やはり東京から静岡にかけては緯度の割に相当に暖かい。静岡県が、寒さに弱いお茶の北限にして最大の産地であることは十分に理解できる。
こうやって見ると、秋田は-16.75、松江は-13.1度など日本海側の体感温度が著しく低い。英語教師として松江へ赴任したラフカディオ ハ-ン(ペンネ-ム小泉八雲)は、そのあまりの寒さに1年そこそこで松江を退散したのである。それだけ松江は寒く、体感温度でもそれが確認できる。ぶっちぎりで最低体感温度の秋田の数字を見ると、もう絶句するしかないし、秋田で生まれて秋田で育っている人には、そのストイックさに敬意を表したい。日本海側は季節風が吹き荒れる地形をしているので、その影響なのか、大阪以西では下関の体感温度が最も低い。やはり雪雲が立ち込めて陽射しがなく気温が上がらず、風は吹き荒れる状態では体感温度が急降下するのはやむなしである。
興味深いのは屋久島だ。屋久島の中心市街地は島の北東にあり、北西の季節風がモロに当たる。体感温度は-2.45度であり、黒潮が洗う南の島なのに静岡よりやや寒いのである。しかし、同じ島内でも島の南東に位置する尾之間という集落は特別で体感温度がなんと+3.8度、島内で体感温度が6.25度も異なるのである。なぜこの地区が暖かいかといえば、それは北西の季節風を強力にブロックしてくれる高山(最高峰は宮之浦岳、標高1,936 m)がそびえ立っているからだ。どんなに厳しい季節風や雪雲が押し寄せても、高さ2千m近い山がブロックして、尾之間地区は局所的に陽射しが溢れ、風も弱いのだ。東京から静岡、高知や宮崎は北西側を脊梁山脈にブロックされて暖かいのだが、とてもミクロであるが、小さい屋久島島内でも同じ現象が顕著に見られるのである。
冬が暖かいということは、逆に夏は陽射しが照りつけて暑いということになる。寒さが苦手か、暑さが苦手かは個人によりけりだが、慶は寒さが苦手なので、リタイヤしたら冬だけ東京から静岡にかけて、もしくは高知か宮崎あたりで越冬することを望んでいる。


2018年1月23日 (火)

ドキュメント72時で共感


NHKの金曜日の夜中に放送されているのがこの番組。いろんなお店で番組スタッフが張り込み、客にインタビューを試みるというものだ。本名こそ出ないが、顔出し、台本なし、演出なしのガチンコである。受信料を値下げされて苦しい、低予算番組である。しかし、これが意外と面白い。とにかく、行きずりの客が語る人生模様に耳を傾け、妙に共感するのである。
この手の番組では、いかに被写体が本音をさらけ出すかが重要である。たとえば、一昔前の「今夜泊めて下さい」みたいな番組では、よそ者に冷たい東北地方などを訪問すると、取材拒否やら追い返しの雨あられで、編集された番組であっても異様な空気が流れていて、断る方も、断られる芸能人も、見ている視聴者も嫌な気分に陥る、全員に不幸感が充満する最悪の番組だった。大昔の「ウィッキーさんの一言英会話」と同じノリだ。頼んでもいないのに、アポ無し突撃で無理な相談されても受け入れ難く、番組として成功することはまずない。
この番組は大半が食い物屋で張り込みをしている。しかも、声かけをするタイミングは食事が終わった頃合いを狙っている。これは実に絶妙なタイミングである。人は空腹の時はイライラしているが、満腹になるとホルモン分泌の関係で妙に開放的で調子が良いのである。そのタイミングをうまく狙っているから、被写体は取材拒否を受けることもなく、相手の敷居も低く、やたらと饒舌なのだ。お風呂屋やマッサージ屋も同じで、リラックスしたタイミングで相手の懐に入り込んでいく。
それにしても、名も知らぬ他人の戯言であるが、あるいは幸せ、あるいは悲哀に満ちあふれて、その人生模様に妙に共感がある。いや、日本人としての一体感に溢れている。ネットにあふるる名も知らぬ民の戯言とは、何かが違う。生活の臭いがぷんぷんである。これこそ、この番組の醍醐味だろう。例えて言えば、素っ裸で銭湯の湯船で会話している感じである。
ネット社会になって、あるいは会社や地域での人間関係が希薄になって、個人同士の関係は昔と比べて上っ面だけになっている。ひどいと、家族さえバラバラ、SNSだけの繋がりということさえある。そういう中で、この泥臭い、汗臭い、1人の人間の頭の先から足の先まで、あるいは心の奥底まで映像として伝えてしまうこの番組は、とても貴重な存在かもしれない。ここで勇気をもらい、日本人としての連帯感をなんとなく感じて日々の人間関係にフィードバックできるなら、とても有益な番組であろう。是非とも長寿番組に育てて欲しいものだ。

2017年4月29日 (土)

世のバカ嫁は他山の石とすること

少し落ち着きを見せている森友学園問題。学園側が財務省と面会している時の音声を公開するなど、相も変わらず執拗に攻撃を繰り返している。ただ録音音声の内容を聞くと、財務省側がマトモに国有地の下に埋まっているゴミを撤去してしまうと売り渡し価格を超えてしまうと泣いているので、結局評価額の8割引で済んだというのはまっとうな結果だったいうことの傍証になるのではないか。要するにこの問題、忖度もクソもないのである。森友学園側がヤクザのように難癖を付けているだけで、みんな振り回されている。だいたい分かってきたので、後は無視して、潰れるのを自然と待つのが一番良い。しかし今度は大阪府に損害賠償請求をしてくるのだろうな。もうマスコミは報道規制を敷いてこの問題を取り上げるな!!
さて、この問題の副産物として、昭恵夫人があまりにぷらぷら出かけるものだから、政府職員がずっと同行し、それによる公務員同行に伴う旅費が2百万円近くに上っているという事実が判明した。公式行事で安倍総理にくっついて行く分には別に国民も文句を言わないが、夫人が一人でぷらぷらするのに公務員がついて行き、それにも公務員の給料と旅費と日当が支払われているとなれば、これは国民としても人ごとではなく、完全検証モードだ。そもそも家事もやらない、居酒屋経営とフェイスブック更新ぐらいしかやってない総理夫人が外でぷらぷらして講演会などで語り、それで何の社会的影響力があるというのか?首相夫人という立場でちやほやされ、どっちみち暇だからぷらぷらしている私人のために血税が費やされるなど、絶対にあってはいけないことだ。
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既に昭恵夫人は阿倍家を貶めたとか何とかで姑さんに叱責されたそうだ。まあ、当然だろう。元々のんきな性格で阿倍家の問題児だったところで、夫が優しくカバーするから持っていたようなものだ。おぼっちゃまやお嬢ちゃまなどが聞く耳持たずに自由奔放に生き続け、社会的地位や責任が上がってからもマイペースが直らず、晩年大コケして孤立化するという、セオリー通りの展開である。
世間ではこういうのをサゲマン、あるいはバカ嫁という。うちの職場にもバカ嫁に振り回されている情けない夫がいる。嫁は専業主婦で、毎日のようにママ友とランチ三昧、朝の幼稚園バスでの見送りや子供が熱が出た時の回収なども、全部旦那がやらされている。なんと毎日昼過ぎには、ランチ巡り結果の報告や翌朝食のできあい食材の買い物リストまで職場で勤務中・会議中の旦那に電話連絡してくるのである。まあその旦那も仕事も会議も放置気味で、勤務中にかかって来るバカ嫁からの電話を全部とって受け答えしているので、職場では「バカ夫婦」と呼ばれているのだが、、、
いま日本はしゃにむに女性の地位を上げるとか数字目標を立ててやっているのだが、そういう時に生煮えどころか昭恵夫人のような能天気な人材が会社の管理職や政治の世界に入ったら日本は大変なことになる、というのが現実のものになってきた。そういう女性は35億人も居ないとは思うが、へたすると国内だけでも1千万人ぐらいは居そうな勢いだ。会社の管理職で、10人に1人でも外れが居たらグチャグチャになるのに、ここに政策的な圧力で無理矢理女性管理職を3人増やせとなり、そのうち2人がハズレとなれば、どの会社も潰れてしまう。総理夫人でさえこの程度なのだから、下駄を履かせた女性管理職3人に2人はハズレというのは大いにあり得る。女性の地位向上は当然やるべき課題ではあるが、その前に、人の上に立っても組織が崩壊しない素養を備えた人材となるべく、女性の資質向上につとめるのが最大の懸案事項だと思う。家事から解放された労力をランチ巡りに費やすような人材をそのまま重用することは絶対にやってはいけない。

2017年3月26日 (日)

春がなかなか来ない、、、

例年なら桜の開花があちこちから届く時期であるが、今のところ福岡市、横浜市、東京の一部しか開花の便りがない。どこも平年より1週間以上遅れそうな感じである。南国鹿児島市でも、場所によっては開花予測が4月5日というところもあるほどである。なぜここまで全国的に桜の開花が遅れているかと言えば、この2月下旬から3月いっぱい気温がほとんど上がらないためである。当然だがみな真冬の格好のままである。真冬の大寒波で寒いのは嫌だが、中途半端に寒くて春がなかなか来ないのもイライラする。
この原因は寒気にある。3月25日の上空500hPaの寒気の様子を見る。
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紫の寒気が日本に向けて侵入しているのが良く分かる。実は、2月上旬からずっとシベリア付近で偏西風が大きく蛇行し、日本付近へ舌状に寒気が入り込む状態が続いている。なにせ普段シベリア付近にある超低温の空気が偏西風蛇行の影響でストレートに日本付近に向けて降りてきているので、寒いのは当然だ。まだ雪が降らないだけ御の字である。実はこの状態が一ヶ月以上フィックスされている。地表気温に影響する上空850hPaの気温分布を引っ張ってきた。
850hpa_20170325

これを見ると、北米は既に春の空気である黄色や黄緑色に覆われているが、日本はまだ青い冬の空気にどっぷり覆われたままである。これがいつまで続くかというと、4月2日か3日ぐらいまでこの状態のようだ。上空500hPaの気温分布を見れば、1週間以上はこの状態が続きそうだからである。当然だが、桜の開花も遅れ、花見の行楽客にもマイナスの影響が続くことだろう。
しかし、毎年同じパターンで季節が繰り返すのも退屈かもしれない。GWとかに東北に行くと、まだまだ山の木は落葉したままで、新芽が出てきているかどうか微妙な状態。気温も薄ら寒い。西日本のGW時期は、新緑の季節で、昼間は半袖に切り替える時期でもある。普通西日本であれば、3月中旬~5月下旬が春(2.5ヶ月)、6月上旬~9月中旬が夏(3.5ヶ月)、9月下旬~11月中旬が秋(2ヶ月)、11月下旬~3月上旬が冬(4ヶ月)という感じだ。これが東北だと、4月上旬~6月下旬が春(2.5ヶ月)、7月上旬~8月下旬が夏(2.5ヶ月)、9月上旬~10月中旬が秋(1.5ヶ月)、10月下旬2~3月下旬が冬(5.5ヶ月)という感じだ。要するに1年の半分ほどが冬である。これは正直厳しい。だからこういう寒い春こそ、いつも遅い東北の春に思いを馳せてみるのも良いかもしれない。

2017年1月 3日 (火)

御用納めを12月26日に!!

本年もどうぞよろしくお願いします。
このブログも開設して5年ほど経過した。自分なりにつらつら思うところを書き連ねてきたところである。自分では結構面白い提言とかも書いていて、誰かこのアイデアを拝借して事業拡大なり制度改革を行ってくれればと願っている(あくまで妄想)。
正月に久々に自宅でゆっくりしていると、日々バカみたいに働いて居るものだと反省する。日本人の働き過ぎが良く問題となっているが、実労働時間は国際比較すると決して長くはない。忙しいのはごく一部の人たちだ。それも、同じ職場、部署でも、忙しい人とそうでない人が明確に別れている。働かない、無能な人のサボった分の業務が忙しい人に乗っかっているとみていい。その話はいずれ別のところでやるとして、この忙しい人も休もうと思えば、職場、取引先、世間が「全部休んでいる状態」を作って強制的に休ませるしかないのである。日本は個人では何も決めることができない、そういう特殊な環境にある社会なのである。
慶は4年半前に夏休みと冬休みを拡大してミニバカンスを設定すべきとこのブログに書いた。
http://izumiyayoshihiko.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-39c1.html
その結論を再度以下に記す。
(抜粋)
「真夏に14営業日(土日合わせると最大20日間休暇)、真冬に7営業日(土日合わせると最大11日間休暇)を設定することで、内需拡大、人件費削減、電力消費量と二酸化炭素排出抑制、生活の質の向上を図るべきである」

正月休みというのは、正式には1月1日と2日しかない。ただ、役所の御用納めが28日となっているので、29~31日の3日間もサービス業を除いて実質的には休みだ。そうすると、5営業日休みとなるが、慶はそれを更に2日伸ばすべきと考えている。年末と年始のどちらを伸ばすかに依るが、正月明けは年末に忙しかったサービス業が休んでいることが多く、休みを伸ばしても家でゴロゴロということで、あまり経済効果が期待できない。そうすると、ご用納めを26日とするのが良いのではないだろうか。これはそんなに難しいことではない。
Winter_holiday


2016年10月16日 (日)

韓国のむしり取りが止まらない

ほとんどニュースになっていないが、韓国では慰安婦の件で未だに大騒ぎしているようだ。昨年末に、慰安婦問題で、「不可逆的かつ完全な合意」が電撃的に発表され、韓国が長年仕掛けてきた従軍慰安婦問題という外交カードが使えなくなった。逆に日本はこの件で10億円をむしり取られることになった。
外交カードと10億円を交換して、両国の間に刺さった棘が1本抜かれた形になっている。国と国の間でいさかいは少ないほど望ましいのはいわずもがな。しかし、韓国側では日韓合意など、眼中にもないようだ。今頃になって合意を破棄しろとか、金をもらうにしても、総理大臣から謝罪の手紙を出させろとか、言いたい放題を日々繰り返している。そのむちゃくちゃな世論に折れた形で、向こうの外務大臣が、正式に「お詫びの手紙を出して欲しい」と日本政府へリクエストしてきた。
Korea_clamer

日本政府内には、昨年の年末の時点で合意は成立、10億円も既に提供したので、これで終わっているという認識だ。にもかかわらず、韓国が日韓合意に含まれるソウルの日本大使館前の慰安婦像を撤去しないばかりか、合意にはない追加要求をしてきたことにいらだちが強まりつつある。半島人の手口として、ゴールポストというか、ルールとして敷かれたラインを自分の都合に合わせて動かすことを平気でやるし、それに関してほとんど罪悪感を感じてない。とりあえずやってみて、それで通れば儲けもん、騙される奴が悪いという感覚だ。オリンピックなどにおいて、日本人と対戦する第三国の選手に有利な判定を引きだそうと、狂ったように大声でやじったりするのは日常である。サッカーの試合でも、線審の誤審を引き出そうと延々大声でやじり続ける担当が居たりして腹が立つ。裁判所も検察も、時の政権に都合が良いように判定をどんどん変えていく。日本の特許をぱくっておいて、逆に自国の特許を侵害していると訴えたりする。国際的な成文化された契約書至上主義社会において、一度決めたことを変えたり、追加で要求したりするなど論外なのであるが、半島人は何度でも蒸し返して、とれるモノは最後まで搾り取ろうとする。日本人が半島人を差別し続ける理由は、この精神の根元の部分で信用ができない相手だからだろう。
そもそも慰安婦に10億円の基金提供さえも、日本への追加要求でむしり取った金だから、もうそれで十分だろう。実際にほとんどの「自称慰安婦」は1000万円貰う意思表示をしているそうだ。1000万円は大金であり、それをむしり取れたことは大いなる実績であるが、今後も戦時中の徴用工などの問題をぶち上げて、さらに金をむしり取ろうとするだろう。1000万円をもらってもなお、総理大臣に対してお詫びの手紙を要求するということは、それを受け取ったら今度は国を通さず民事で直接金をむしり取ろうとするための布石である。このエンドレスのむしり取りに構ってはいられないので、安倍総理としては、お詫びの手紙を出すなど、「微塵も(毛頭)考えてない」ということになる。
韓国の反日の裏には必ず現世利益の要求というゴールがある。搾り取れるものは搾り取れというエンドレスのエゴイズムである。高利貸しのサラ金が横行しているそうだが、どうせ返せないヤツなら、骨の髄まで搾り取ってしまえという感覚だからそういう商売がいつまでも成立するのである。こういう途上国型の発想・思想が横行する国では、すべてが最終的には破綻して地に落ちるというものである。

2014年5月 1日 (木)

バイトの悪ふざけ

大手チェーンのアルバイト店員が、冷蔵庫や陳列棚の中に入ってピース写真を撮影し、SNSなどに投稿して大問題になっているニュースが良く聞かれる。当然店員はクビ、店も一時休業してお詫び広告を出したりして後始末に追われることになる。店によっては閉店にまで追い込まれ、元アルバイト店員に損害賠償請求まで考えているところもあるそうだ。
こうしたニュースがある特定の時期に集中するというのは、悪ふざけの伝染が起きている証拠である。慶も前に指摘したが、会社でもサボり癖は必ず他の社員にも伝染する。サボり癖は伝染病なのである。従って、基本は感染源を徹底治療するか、隔離するしかない。今回は悪ふざけであるが、これは学校の教室を思い出して貰いたいが、必ず伝染してエスカレートする。何事も悪いことは伝染するのである。昔の会社だと、どうしようもない人は会社で徹底教育していた。ダメでもクビにはなかなかできないので、人並みになるように叩き直していたのである。その当時はパワハラなんかないので、まさに軍隊と同じである。それでも駄目な人は、窓際族として、チームから外して毎日机に座らせているだけ。今でいうところのネグレクトである。
しかし現在は大きく変わった。特に悪ふざけが顕在化している大手チェーン店は、店長からしてアルバイトだ。コロコロ人が変わるし、上記のように使えない人にはさっさと消えて貰う。人の入れ替わりが激しく、いちいち心の教育までやっている暇が無い。マニュアルを渡して技術だけギチギチに縛り上げ、ダメなら使い捨てである。これは正社員の世界でも似たようなもので、アルバイトと異なるのは正社員はパワハラ、ネグレクト、クビなどの伝家の宝刀を全く使えないので、問題社員が居ればできるだけ待遇を下げて、他の人がカバーするしかない。また昔はそういうダメ社員は2~30人に1人ぐらいだったが、今は下手すると10人に、1~2人ぐらいの割合で居る。やりくりが大変なのである。
慶が思うに、少なくとも大手チェーンのアルバイト店員が悪ふざけをする背景には、人材の質の問題以上に、人の扱い方が変わったことが大きいと感じる。悪ふざけした店員に対して、「損害賠償請求をしました」とマスコミの前で記者会見する経営者の姿を見ると、中身よりも懐の小ささを感じる。しょせんアルバイト店員に何千万円も損害を支払う能力などある訳がない。なのにわざわざ記者会見までするというのは、これは見せしめである。経営者側が感情的になっている査証である。経営者が安月給のアルバイト店員に正社員以上の働きを強要し、そこへの見返りとして悪ふざけの温床を作っているのではないか。
要するに、組織への忠誠心があれば、のれんを穢すようなことはやってはいけないという意識になろう。「のれんを守る」という日本人の商道徳や労働感が崩れたことが、現在のダメ社員、悪ふざけアルバイト店員を量産している背景である。簡単に言えば、小泉元首相と経団連が自己に都合が良いように動き、若者の雇用を不安定化させたからこうなっているのである。だから、経団連は会員企業が内部保留をため込むことばかりに腐心するのではなく、いますぐ社員の雇用環境を改善するため、ちゃんと自らを正すべきである。また問題があれば、採用をしたのは幹部なのだから、その処遇を現場に押しつけるのではなく、会社の教育制度の中できちんと矯正するべきである。