心と体

2021年6月19日 (土)

しくじったスローガン:ウイズコロナ

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新型コロナウイルス感染症は第4波がおさまりつつある。空気感染するウイルスということで、例年の季節性インフルエンザ同様、年明けにピークが来て、その後徐々に低下するという動きを予測していたが、このSARS-CoV-2はそうした季節性が弱く、人手が多くなれば自動的に感染が進むようだ。いずれにしても、毎日多くの国民が亡くなっていることに胸を痛める。
SARS-CoV-2による致死率は非常に悩ましい。罹ると100人に1人か2人死ぬ、それも年寄り中心というのも微妙だ。1/100の致死率は感染症としては高い部類だが、50代以下ではもっと低い。下手すると1/1000以下なのでこれだと運悪くかかっても滅多に死なないということになる。実際死亡者の多くが70代以上の高齢者ばかりなので、「寿命が10年短くなっただけ」という程度のインパクトなのだ。もし乳幼児や児童ばかり致死率が高いと社会の捉え方はもっと違っただろう。結局アメリカでもヨーロッパでも感染が止まらなかったのは、この程度のリスクではビクビクしないからであろう。
いずれにしても、これだけ重篤な死者を出す感染症なのであるから、本来であれば、「ゼロコロナ」を目指して徹底して闘うぞということで、治療薬やワクチン接種に邁進するべきところだった。しかし、中途半端に「ウイズコロナ」というスローガンが広がってしまったことがとにかく悔やまれる。コレ、一体誰が広げたスローガンなのだろうか。ウィズとなると日常致死性のあるウイルスが蔓延していてもそこそこやっていきましょうという話になって緩みにつながっている。第1波や第2波の時のような緊張感はもはや無い。第4波が収まったと言っても実際は下げ止まっているだけで、数値シミュレーションよれば、7月後半からインド変異株が猛威を奮いだしてまた感染者が増加するという。ウィズコロナと言っている限りは、短期間で感染者の上昇と下降を繰り返しているだけの蔓延状態が続く。もはや変異株が次々に出てくる状況でウィズコロナなどとは言ってられないので、このスローガンは早く廃棄を呼びかけて、さらなる追加対策が必要だ。
我々日本人は法律で私権の制限をしない代わりに、国家から10万円を協力金として支給されている。ほとんどの日本人はこれに従って十分な感染症対策を1年以上やっている。もうちょっと真剣に感染者を減らすためには、抜け穴を塞ぐしかないのだ。20~30代の若い世代が自粛要請に従わずに感染を広げているので、飲食店を狙い撃ちとした場所への対策を繰り返すだけでは限界があるので、要請に従わない世代を狙い撃ちした新たなヒトへの対策を徹底して打ち出し、ゼロコロナを目指して欲しいものだ。例えば、40代や50代は後回しにしても良いので、群れやすい大学生や専門学校生を中心に早めにワクチン接種した方が良いだろう。

2021年6月15日 (火)

新型コロナウイルスによる死者の発生確率の都道府県比較

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正直この記事は不謹慎だなと思いつつ、マスコミが全然報道しないので仕方なく作成することに至った。毎日報道では、どこそこで○人の感染者が出ましたという報道はあるのだが、肝心の死者がどうなっているかの情報は断片的である。ある意味でタブーなのだ。死者数については、東京都と大阪府の死者数が時々報道される程度である。しかし、なぜに新型コロナウイルスが怖いかと言えば、致死率が高いウイルスだからだ。そうなると、どういう状況で死者が発生し、その地域差はどうなっているのかを詳細に報道することが、報道機関としての使命なのではないか。そのことによって、我々個人がとるべき感染症対策も進化するというものだ。

 

まず感染者数をみてみる。1ヶ月ほど前のデータになるが、5月6日段階での累計感染者数を人口10万人あたりで除した数字である。この数字が高いほど、感染する確率の高い地域ということになる(あくまで公平にPCRや抗原検査で陽性者を見つけだしているという前提だが)。

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全国平均は300で、多くの都道府県はこれを下回っている。上位と下位を比較すると、秋田、島根、鳥取、岩手の感染者数は突出して少ないのが分かる。

 

10万人あたりの累積感染者数 
上位5位        
1.東京(1058)           
2.大阪(972)            
3.沖縄(892)          
4.兵庫(607)          
5.神奈川(599)           
下位5位    
47.秋田(52.1) 
46.島根(52.6) 
45.鳥取(66)  
44.岩手(79)  
43.新潟(106) 

次に感染者に占める死亡者数、いわゆる致死率である。全国平均は1.8%である。これは先ほどの感染者と比較すると、一気に地域差が少なくなる。

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意外だが、東京や大阪より地方の方が3%台の数字がみられるなど、致死率が高いのである。おそらく感染者に占める高齢者の割合が高いこと、北海道では一時的に医療崩壊したので、救急医療体制の充実度が影響していたと思われる。福井と福島で致死率が高い理由は良く分からない。

感染者の致死率% 
上位5位        
1.福井(3.61)         
2.福島(3.47)           
3.北海道(3.36)           
4.徳島(3.31)           
5.岩手(3.26)           
下位5位  
47.島根(0) 
46.鳥取(0.53)
45.佐賀(0.81)
44.宮城(0.84)
43.宮崎(0.93)

 

最も気になるのが、死亡確率である。報道で出ている都道府県ごとの死者数はあくまで絶対数である。当然であるが、人口の多い東京や大阪は死者数が多いし、田舎は少ない。これを平均化するために、都道府県ごとの人口で累計の死者数を割った「死亡確率」を整理してみた。我が住んでいるところは、コロナで死者が出やすいのかどうか、この数字がハッキリ示している。

Prefsarscov2victims_20210620094701

全国平均は5.2人である。わかりやすくするため、上位と下位の比較を示した。

10万人あたりの累積死者数 
上位5位
1.大阪(17.8)         
2.北海道(16.3)           
3.東京(14.1)           
4.兵庫(13.0)          

5.埼玉(10.3)                        

下位5位              

47.島根(0)            
46.鳥取(0.35)          
45.秋田(0.88)          
44.新潟(1.1)           
43.佐賀(1.7)・鹿児島(1.7)

 

下位の方は説明不要。感染者が少なければ医療崩壊を引き起こさないので、当然死亡率は下がる。島根では未だに死者が出ていないゼロ行進である。ある意味驚異的である。

上位は大都市が集中しているが、北海道も食い込んでいる。第1波や第3波で相当医療崩壊を引き起こしたことが想定される。

こうしてデータをみると、感染者数が多いので都市部が危険なイメージがあるが、実際は死亡確率が年代によって大きく変わるので、地方でも死亡率は高くなる。そうなると、どこが安全とか一概に言えないようだ。コロナが拡大している当初、医療体制の貧弱で高齢者が多い地方に広がったら大変なことになるという専門家の指摘があったが、これが問題となったのは北海道ぐらいだった。この点、予測が外れた(あるいは対策が効いた)ことは幸いであった。

2021年2月 2日 (火)

新型コロナウイルスの今後の動向について予測

 

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https://www.niid.go.jp/niid/ja/10/2096-weeklygraph/1644-01flu.html

慶が年末帰宅した時、12月18日や19日のことだが、クリスマスパーティーを自宅でやっていたであろう、泥酔者の大声を近所で何回か聞いた。これを聞いて、「あー感染が進んでいるぞ」と背筋が少し寒くなったものだ。案の定、それから1週間経過したぐらいから感染者が増え始め、年末年始は感染者が急増して緊急事態宣言を余儀なくされた。ただし、その後は感染者数が漸減しており、今のところ緊急事態宣言の効果が出ているという評価になっている。しかし、慶は上の図を見ていて、季節性のインフルエンザが年末から年始にかけて急増し、1月末から2月に入ったころに減少に転じるのだから、おそらくコロナも同じパターンだろうとみていた。従って、現在減少しているのは緊急事態宣言の効果というより、元々人の行動パターンは年末年始にピークがあるのだから、自然に減少しているとみた方が正しいのだろう。
問題はこれからだ。インフルエンザと同じなら、2月、3月と減少して、4月過ぎには感染者はほとんどいなくなる。しかし、おそらくそうならない現象が水面下で進んでいる。感染力が高くなった変異ウイルスが、.既に市中で刻々とその勢力を増しているからだ。昨年のことを思い出して欲しい。GW過ぎに第1波が収まって、ほぼ新規感染者がゼロになりかけたのに、6月に入ってから増加に転じた。その理由は、新宿など夜の街で回っていた潜在的感染者を集中検査であぶり出しことによるもの、すなわち、「発見の機会増大」が要因とみられていたが、結局押さえ込みができずに、市中で再び感染増加が起きて、7月を中心に第2波が発生してしまった。この新宿から広がった第2波のウイルスは、第1波の武漢由来のウイルスとは異なる変異ウイルスが主体であった。そうなると、現在減少に転じているのは、ヨーロッパ由来のウイルスの衰退であって、いったん減少しても、今度はイギリス由来の感染力の高い変異ウイルスが増加して来る可能性が非常に高い。感染力が高いということは、現在の感染対策でも、患者が増えるということである。ということは、変異ウイルスによって、必ず第4波が来ることが確実と言えるのである。
第4波はこれまでの対策を突破してくる能力を持っている。かといって、日本人もすっかりコロナ慣れしてしまっており、経済への影響も考えると、もうロックダウンのような強力な措置は誰も望んでいない。従って、変異ウイルスによる感染者増加にスイッチが入って手が付けられなくなる前に、重症化しやすい高齢者を中心に、一刻も早くワクチンを接種して、第4波のピークをやり過ごすしかないのである。

 

2020年7月23日 (木)

まだ夏も終わっていないのにCOVID-19の第二波が来た!

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図 共同通信社配信記事より


大型連休前後から新規感染者が急減し、経済活動が正常に戻っていた。「ウイズ・コロナ」の合い言葉で、日常の生活が一変してしまったが、それでもコロナ拡大の恐怖からは解放されていたところだった。しかし、新規感染者が底になりかけた5月下旬から、なかなか感染者が減らない。新宿のホストクラブなどを中心に、集団感染が続いていたからだ。ひどい時は陽性率が4割というのもあった。いわゆる夜の街での感染が続いていたのだが、東京都も政府も特定の職種、地域に感染が限られているということで、あまり積極的な封じ込めは行わず、淡々と検査と隔離を続けていたところだ。しかし、この新宿や池袋の夜の街を中心とした集団感染の封じ込めに失敗したようで、7月に入ってこれらの集団感染から市中に感染が拡大、さらに東京だけでなく、関東の近隣県、あるいは名古屋や大阪まで同様の感染が拡大し、これで第二波に入ってしまった。新宿から全国に感染者をばらまいたことになるのだ。東京都の手ぬるい夜の街対策によって、大変な迷惑がかかってしまっている。

3月、4月に重症者が増えた第一波では、有症者しかPCR検査していなかったので、実際はその何十倍も感染者がいただろうと言われている。抗体検査の結果と比較すると、何十倍ではなく、数倍程度ではないかという意見もあるが、それでも現在の第二波の感染者数が第一波より高めだとしても、相当な勢いで感染者が拡大していることは事実である。いまのところ若者を中心とした感染拡大なので、重症者が少ないという特徴があるのでマスコミもそれほど騒いでいない。もしかしたら、この第二波はウイルスが変異して毒性が低くなっているのではないかという意見もあるが、まだ早計な判断だ。

問題はこれからである。今日から4連休であるが、タイミング悪く、政府は「金を出すから旅行しろ」のGo Toキャンペーンを「前倒し」で始めた。旅行業界からの要望に屈した形である。感染症の専門家から言えば、最悪のタイミングであろう。若者は行動が制御できないので、確実にうろうろしてウイルスをばらまくので、この4連休でオーバーシュートに入ることが確実視されるのではないか?いずれにしても、これだけ事前に警告したのに、政府は漫然とGo Toキャンペーンを始めたので、もしオーバーシュートが起きたなら、必ず糾弾されるだろう。場合によっては現政権の感染症対策がなっていないということで、支持率暴落の可能性もある。これから感染者が増えると、ホテルなどを借り上げて軽症者を収容する必要が出て来るが、Go Toキャンペーンで通常客を狙って待っている事業者が協力するとは思えない。とにかく、タイミングが悪すぎる。

我々がやるべき対策としては、これまで通りにマスク着用、手の消毒や手洗いの徹底で対抗するしかない。何より、4連休だ、キャンペーンだと飛びつかず、冷静かつ抑制的に行動することが重要である。もう一つ、若者がウイルスの運び屋になっているので、重症化しやすい中高年や高齢者は、できるだけ若者と接触しないことだ。ソーシャルディスタンスではなく、「ジェネレーションディスタンス」である。また現在の第二波の拡大は、冷房時期に入って換気を怠っていることも大きいかもしれないので、扇風機の積極活用を考慮したいところだ。





 

 

2020年3月 1日 (日)

ウダウダ言わずに休め!

政府は2月27日、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、全国の小中高校、特別学校を3月2日から春休みを前倒しで臨時休校にするように要請した。国が一斉休校を要請すること自体が異例であり、しかも突然の発表に戸惑いが広がった。すると、反アベの左翼メディアが、子供を持つ家庭は怒っているとかをネタに首相の個人攻撃をはじめる訳だが、世論調査の結果(yahoo Japanより転載)は一斉休校を評価する意見が過半数である。そりゃそうだ、新型ウイルスにかかるリスクより休んだ方が安全に違いない。この世論調査結果が出ると、メディアも急に批判の矛を納めはじめたところである。

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現在国内で徐々に感染者が広がりつつあり、「感染爆発前夜」の状態にあるのだが、これを見ていると、まずはタクシーやバスや屋形船など、密室での初期感染が起こり、その後感染した人が電車に乗ったり、コンサートなどイベントへ行ったり、職場では同僚へ、スポーツジムでは会員へうつしたり、あるいは出張や旅行でウロウロしてさらに広がっている実態が見えてきた。中国の医療従事者もメディアに語っていたように、このコロナウイルスは風邪と同じで、ヒトからヒトに感染して広がる訳なので、「外に出るな、集まるな」が最も効果のある対策だ。(真偽の程が分からないが)武漢での感染者の増加速度が低下したとすれば、それは自宅待機を徹底させたことに間違いない。

通常のインフルエンザやノロウイルスによる集団感染でも、休校や学級閉鎖が最も効果のある対策だ。逆にいえば、それしか対策はないのである。やるなら、全国一斉に、徹底してやるしかない。安倍総理がいうように、そのことの是非を論議してコンセンサスを得ている間に感染者が広がる訳で、こういう措置はスピードが重要だ。政治判断として、全国一斉休校を要請したことは評価したい。左翼メディアも、香港やイタリアでは先んじて一斉に学校や公的機関が閉鎖されている事実をもっと勉強してから反論しろ。お前らは今よりコロナウイルスが蔓延した方が営業的に儲かるとでも言うのか?

ただ、専門家に言わせれば、このコロナウイルスは子供が重篤化することはあまりないので、むしろ働き盛りから上の世代をターゲットに重症化対策をすべきとの意見が多い。もちろんその通りだが、子供が休むと当然親も休みをとらないといけなくなるので、自動的に大人の動きも止まる。そのことによって、全世代で感染リスクが下がるのだから、とても良いことばかりなのだ。従って、ウダウダ言わずに、とりあえず2週間休め!!

ということで、3月の前半は全国的に「お休みモード」となる。経済的には大打撃だが、こういう国難の時こそ、一度立ち止まって自分の人生を振り返ることも有意義ではないだろう。毎日後ろを振り返ることなくあくせく働き、大きく社会での地位を伸ばす人もいれば、心を病んで脱落する人もいる。こういう社会が一斉に休み、かといって娯楽や旅行に興じることもできない時こそ、自分自身や家族を見つめ直し、次への英気を養うべきだと思うのだ。

5月ぐらいまではこの新型コロナウイルスに振り回されそうだが、梅雨に入れば湿度も上昇して感染リスクが下がって自動的に収まる。しかし、大阪で一度感染した女性がぶり返したというニュースを見ると、このコロナウイルスは夏を迎えても、SARSやMERSのように消えて無くなることはなさそうだ。これからずっと冬になればおつきあいしなければならない、やっかいな季節性ウイルスの仲間に入ってきそうな感じである。そうであれば、ワクチン開発を急いで、全国民が等しく予防接種ができるように対策を立てて欲しい。

 

2020年1月 9日 (木)

勘違いの自己主張野郎をどう制御すべきか

他人の意見を聞かずに、一方的に自分の主張をまるで正論であるがごとく大声で叫び続ける人。世界中どこに行ってもあるあるである。特に西欧社会では元々自己主張してナンボの世界なので、そういう人は多い。多いという前提で、それらが暴走しないためのブレーキ役もちゃんと居る。

日本は元々できるだけ自己主張をしない民族だったのだが、食の西欧化と同時に頭の構造も徐々に西欧化してきており、最近は自己主張したがる若者が増えてきている。最近も中国人は採用しないとか主張する東大准教授がいたりした。ただ、正々堂々と正論を主張すれば良いのに、SNSで独りよがりのアピールをして自己満足というパターンが多い。警察に代わって交通取締をして、一方的にSNSで晒すとか、やっていることがお庭番的のような阿呆もいる。ひどいのはバイトテロである。自己主張以下のバカ晒しだ。さらにビルの上で命綱も付けずにバク転して、そのうちやり過ぎて落ちて即死なんてのもあるが、そういのは誰も同情もせず、「馬鹿ですね」で終わる。

大声で騒いで自己主張するという意味では、韓国や北朝鮮は先進国だ。北朝鮮などは罵詈雑言を使いまくりで、先日も安倍総理について、「史上最も愚かな男、世界唯一のまぬけ」と罵っていた。ただ北朝鮮のお得意の罵詈雑言は都合に合わせてコロコロ変わるのは良く知られた事実で、トランプ大統領については、「老いぼれ」「救いがたいほどに精神に異常」と言っておきながら、手のひら返しでトップ会談を2回もやって、国内でも一大ニュースで流している。救いがたく精神に異常と診断したトランプと敬愛する将軍様が笑顔で握手しているテレビ映像を見た北朝鮮人民はどう感じているのだろうか。北は言葉を武器として使っているだけで、都合に合わせて騒いでいるだけなので、放置しておけば良い。韓国は日本人とは偉く違ってデモ好き国民で、毎週末はデモばかりやっている。確かに民主主義世界では、デモは国民の権利である。国旗や人の写真を焼いたり、企業名を貼り付けた段ボールを踏みつけたり、果ては日本人お断りの垂れ幕を通りに並べたりと節操がなく、明らかにタダの人種差別行為だ。自ら民度が低いと晒している阿呆な行為で、正直軽蔑の対象以外の何者でもない。とはいえ、基本的に民主主義社会なので、非合法でない限りは何をやっても良い。民主主義の穴を狙ってきている言える。

日本でもデモは合法であり、労働組合や市民団体などの団体なり組織が「デモします」と日時を指定して警察に通告すれば、警察が当日来てわざわざ無料で交通整理をしてくれて、デモ隊に便宜をはかってくれる。香港のようにデモを鎮圧したりやめろとは一言も言わない。デモ隊が暴徒化しないように監視するとか裏理由があるのだが、実行上は粛々と交通整理係である。実に整然としてデモが執り行われている。

独りよがりの主張をする人は、辻立ちすることはなく、必ずメデイアを狙って進出してくる。最も注意すべきはテレビのコメンテーターである。ワイドショーなどのコメンテーターは、一応それなりの肩書きと実績のある人が選ばれているので、デカい声で自己主張するのはそう多くない。テレ朝のアナウンサーで1人居るが、それでも良く聞けばほぼ正論を言っている(声はデカすぎるが)。ただ、見栄えのする有名人の2世など、実態は無教養で独りよがりのボンボンやお嬢ちゃまのコメンテーターの主張は低レベルで見ていられない。ひどいのはひな壇芸人で、サンジャポに出てくるひな壇の人たちは毎週ひどすぎる。ある意味炎上商法を狙った番組なので、嫌ならチャンネルを変えれば良い。

独りよがりの主張でテレビからはじき出されると、今度はネット環境へ進出することになる。しかし、ネットの中で主張して貰う分には何ら問題ない。ホームページの閲覧回数とか動画の再生回数とかで、民主的な投票行動がなされるから、「あなたのご主張はこんなもんよ」という点数がつけられる。テレビやラジオと比較すると押しつけ度が全然低い。しかし、それでも主張を通したいとなると、最後は炎上商法あるいはアンガーマネージメントという手口になるのだが、注目して貰うためだけに炎上狙っているだけなので、これをネット環境上で「炎上している」と紹介するのは相手の土俵に乗ってしまうので手控えた方がよい。スウェーデンの環境保護活動家のグレタさんなども、あれは韓国が良く設置する慰安婦を象徴する少女像と同じで、偶像崇拝の一種だから、無視しておけば良い。

独りよがりの自己主張に歯止めがかからない人は、自己顕著欲が病的に高まった状態の人なので、ちゃんと医療診断のごとくチェック項目を示し、サイトのアゲサゲのボタン以外に、サイトを訪れた人が診断ボタンを押せるようにプロバイダーが義務化すべきだ。

2019年7月 3日 (水)

テレビ画面での女性フェミニスト枠は田嶋先生しかない

朝や昼のワイドショーに、某大学の教授と称する韓国系の女性教授がよく出演している。まるで水商売か貴金属の押し売りのごとき厚化粧と派手な風貌である。どうも大学の先生なのにタレント登録されているようだ。番組では、ひたすらしゃべくり倒して相手の意見を遮り、論点をすり替え、ひたすら韓国の利を強調し、現実を認めようとしないヒステリックな露出である。我々日本人からみて、ステレオタイプな「悪い韓国人」「低俗女性フェミニスト」をやってくれるので、嫌なアジテーターである。

平々凡々と番組が進んでチェンネルを変えられるより、少しは出演者同士でやりあったほうが盛り上がるということで、番組制作者側には都合のいい存在なのだろう。はっきり言ってどうでもよいコメンテーターであり、こういうまやかし教授に出演を打診するということは、結局は番組の質が問われる。何より大学の質が透けて見える。

こういう、自己主張して譲らない進歩的おばちゃんフェミニストという枠は、もともと田嶋陽子(元法政大学第一教養学部教授)の独壇場だった。田嶋先生はすべて男が悪いと、極端な女性左翼フェミニストとして確固たる地位を確立しており、政治評論家の三宅久之や舛添など右翼コメンテーターの格好の餌食になっていた。しかし、そこでも絶対に自分の信条は曲げずに持ちこたえ、盲目的な女性の地位向上を繰り返し主張する姿は、容姿的に世間で報われない女性たちの唯一の心の支えとなっていた。右翼側も頭ごなしに全否定、攻撃しながら、どこかで「よくあれで続くもんだ」と尊敬して決して共演NGとなるどころから、常に同じ画面で共演していたのである。たかじんなども、決して田嶋先生の発言を遮ることはなかった。天敵の舛添が東京都知事から転げ落ちる時も、「ついに馬脚を現した」「人格がセコい」と、ちゃんと視聴者の期待に応えるコメントを残しているが、決して延々と罵詈雑言でこき下ろすということはしないなど、上から目線で見下す余裕を見せている。左翼と思われて議員になったが、社民党がまやかしの女性主義をやっている、拉致問題に全然取り組む意欲がないと見るや脱党した。筋が通っているのである。今はテレビには出ずに、軽井沢で引き続き独身貴族を通しているようだ。

いま出演している韓国系大学教授は似たようなテレビのニッチに入り込んでいるのだが、拠り所は女性の地位向上ではなく、盲目的な日韓和平である。しかし、実際の主張は韓国左翼と全く同じで、都合が悪くなると強弁し、蒸し返しや話のすり替えでごまかしたりと、全く筋が通っていない。田嶋先生とは似て非なるものである。まあタレントだからそういう芸だと思って無視すれば良いのだが、某私立大学の教授という肩書きもあるわけで、ワイドショー見ている在宅主婦的には肩書でだまされるので、非常に始末が悪い。まあ誰もが共演NGばかりになってタッグを組む相手がいなくなるので、そのうち消えてしまうのだろうが。

やはりどんなに不要だと思われても、女性フェミニスト枠というのはテレビの一定枠として絶対に必要なのだ。これは男の権力構造に対する唯一のチェック機能だからだ。ただし、アメリカでのヒラリー クリントンであったり、最近日本のテレビによく出ている三浦瑠麗のような容姿端麗で恵まれた才女、弁が立って押しまくるだけの存在ではだめなのである。これはチェック機能ではなく、単純に色気と能力で男社会の権力構造に組み込まれやすいとみられるからだ。やはり田嶋先生のように、貧しさの中から、地べたからのし上がってきたような容姿と語り、絶対に男社会には屈しないという土百姓根性でないと真のフェミニストとしての地位は獲得できない。また田嶋先生の素晴らしいところは、昔一度だけ外人の男にモテかけたことがあるというのを、相当な哀愁を込めて語るのである。結局は根っこのところで強くてカッコよい男性にあこがれているという、女性フェミニストの脆さも露呈していたのである。あれだけテレビ画面で罵倒されていた政治評論家の三宅久之氏が突然亡くなった時も、「三宅先生はいつも私をからかっていましたが、ユーモアがあって、セクシーで礼儀正しくてハンサムで、まれに見る美しい老紳士でした」と最大の敬意をもって送辞の句としていた。慶はそれを聞いて、立派なものだと感心したのである。

現在は右翼思想の男どもがテレビの画面を占領している。女性コメンテーター枠はもっぱら弁護士か脚本家程度で、本質を語るようなキレは全然ない。果たして、今後田嶋枠を真に射止める女性フェミニストは現れるのだろうか、慶はとても心配である。

2019年3月 7日 (木)

人は「時代」の歯車である

もうすぐ平成が31年間で終わろうとしている。そのタイミングとたまたま同調するかのように、昭和の大スターや政治家の多くも次々に去っている。そうした大スターや政治家がこの世を去った時に、昭和という時代はこうこうで、この人はここまで活躍しましたという紹介映像が良く流れる。そういう映像を何度も見ていていつも感じるのは、「人というのは、死んでしまえば記憶以外には何も残らない」というものだ。しかし、数十年もしたら、人々の記憶からさえも完全に忘れ去られ、青史に書き残されない以上、存在さえも消え去る。残るは墓石だけである。その墓石を管理する子孫でさえ、ひ孫の代になれば、全く忘れ去られる。そうなると、ただ文字が刻まれた石碑だけの存在となる。そう考えると、今自分がこの世に存在し、社会と繋がっていることは実に素晴らしいひとときであるということで感謝の念が絶えないとともに、一方で、この人生というわずかな時間は「異次元空間」に一時的にポッと開いて存在しているだけであって、死んだ瞬間に閉じて消え去るということを悟るのである。
一方で、そうした異次元空間に仮の住まいをしている人々の集まりが家族であり、地域であり、国であり、世界である。そうした人々によって企業や自治体が運営され、資源開発によってモノが生産され、文明が発展し、異次元空間は膨張するのである。いずれにしても、人の人生というのは、時代を構成する一員であり、重要な歯車であると言える。そう、人は歯車なのである。人の存在が歯車というと、高度経済成長期のモーレツ社員のような社畜、テレビの画面を数年だけ埋めるだけの女性タレントのような、使い捨て文化を彷彿させるが、決して間違った見方ではない。歯車は非常に丈夫であり、それらが集合してかみ合うことで、大きな組織が動き出し、文明が発展する。1つでも壊れてしまうと、全体運動に影響が出てしまう。だから、歯車は大事な存在なのであり、役割を終え、取り替えられるということでリタイヤしたら、存分に余生をゆっくり過ごして貰うのが当たり前である。
慶は自分が歯車だと悟った後に真っ先に取り組んでいることは、まずは自分の人生というものを冷静に見つめ直し、自分の子孫や友人に無形のものとして継承できるような知恵を整理しているところだ。

2018年7月22日 (日)

猛暑でのエアコンの使い方

今年は例年より10日以上も早く梅雨明けとなり、太平洋高気圧とチベット高気圧のW高気圧で日本列島は灼熱地獄だ。ほとんどの地域で毎日最高気温が35度を超えている。そうなるとテレビでは、熱中症だ、命の危険があるから厳重に注意しろとか、老婆心の行き過ぎようの報道が連日繰り返される。慶は正直、「クソ暑いのは分かっているから、いちいち暑い暑い言うな!」である。暑い暑い言うくらいなら、南極のペンギンや北極圏のエスキモーの狩りの様子でも流して欲しいものだ。
冬は4ヶ月もあるが、夏は2ヶ月もない。そもそも暑さに弱い白人は、真夏は1ヶ月ぐらい休んでいる。イスラム諸国などは、6月から8月まではラマダンと称して全然働いていない。だいたい暑い時に働くから問題となるのだ。休みに遊んでいて熱中症になっても自己責任の世界だ。いちいち報道で騒ぐ必要もない。
慶は気温が著しく高い7月28日ぐらいからお盆の8月16日まで、全部休みにすべきと論じた。これが最大の熱中症対策であり、しかも節電にも繋がる。
http://izumiyayoshihiko.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-39c1.html
だいたい、ここ20年で海水浴客が半減以下になっているそうだ。海に浸かればクーラーなど要らないのに、日本人は海水浴へ行かなくなった。理由は1つで、「お母さんが日焼けを嫌うので行く機会を逸している」ということのようだ。このお母さんの行動が異様なほどランチ文化を創り、中食産業を育て、朝の報道番組をワイドショー化させ、レジャーとしての海水浴を壊滅させている。
それはさておき、暑さのしのぎ方であるが、慶はエアコンに頼りすぎないことが重要と考える。テレビではエアコンを切るなと言っているが、それは自宅に居る間の話で、レジャーや外回りの時は、思い切り汗をかくことが重要と考える。なぜなら、人は体温を下げるために汗をかくようにできているのであって、その機能をクーラーガンガンの生活で抑制させてしまうと、回り回って熱中症のリスクを上げてしまうからだ。
そこで、クーラーのない状態になったら、「よし汗をかくぞ」と決意表明をすることだ。まずは水分。何か運動や作業や遊びをする前に、水をがぶ飲みする。そして薄着になって、濡れたタオルを首にかけて、後はいざ行動である。滝のように汗が出れば、決して熱中症にはならない。直射日光にあたる場合は、首の後ろを徹底して濡らして冷やす、あるいは首筋を団扇で扇ぐ。熱中症は体に熱がこもることであるが、脳が暑さでダウンすることの方が大きい。暖まった血液は首筋を通って脳に入るので、首筋を冷やすことは脳の温度上昇を和らげて熱中症によるダウンを水際で止めてくれる。そして、定期的に塩をなめて水を飲むのだ。それだけで十分。この汗をかくスイッチが入らない人は熱中症になってしまう。
そして汗をかいてベトベトになったら、シャワーを浴びて、クーラーが効いた部屋でクールダウンする。それで一気に回復する。この繰り返しで夏を乗り切るしかないのである。日本人の潔癖症が悪い方向に触れると、「汗をかくことが悪い」という間違った価値観になってしまう。先に出てきたお母さんの文化が特にそうだ。おしっこを我慢して膀胱炎になるのと同じくらい、汗をかくことを抑制して熱中症になるほどバカらしいことはない。テレビでは、「どうせ暑いんだから、諦めて水を飲んで汗をかけ!」 というのが正解なのである。

2017年1月28日 (土)

冬の最強ソウルフルフード「おでん」

寒い冬を乗り切るための必須の料理として、通常「鍋料理」と「おでん」が昔から健在だ。ここではおでんについて考える。
言うまでも無く、おでんは鰹節とコンブでとった出汁に薄口醤油で味を付け、大根、はんぺん、豆腐、焼きちくわ、ゆで卵、こんにゃく、その他いろいろ入れて食べる料理。油を使わず、出汁と醤油で煮込むという、日本料理の基本中の基本の料理だ。実に素朴だが、奥が深い料理でもある。
寒いときに暖かい料理を食べるほど、寒さ対策の切り札はない。だからおでんは冬にしか登場しない。まさに冬限定料理と言っても過言ではない。慶のように中年オヤジだと、やはりおでんに熱燗がたまらなくソウルフルで、幸せになるのである。また、こんにゃくや豆腐など、低カロリーで腹持ちのよい食材が多く、ダイエッターにもすこぶる向いている食材だと思う。
出汁と醤油という組み合わせは、おそらく最強のコンビではなかろうか。どんな食材にも染みこんで行くのだが、素材の味は失わず、素材間で味移りせず、かつうまみ成分で元の味を何倍にも引き立てるのである。その最たるものは大根と卵である。もちろん、バターやオリーブオイルなどを多用する西洋料理のように、パンチの効いた味を目指しているのではない。西洋料理で飼い慣らされた世代には物足りない味付けだろうが、おでんは具材の多さでパンチのなさを補って余りあるほどである。
Oden

 

慶が好きなのは卵、牛スジ、糸こんにゃくあたりである。大根は当然おでんの基本なのでやや好きな部類で、逆に練り物やはんぺん、揚げ豆腐などはちょっと控えめである。要するに、味ではなく、単純に猫舌なのである。ダチョウクラブの持ちネタではないが、水分を多く含む食材ほど比熱が高く、いつまでも冷めずに熱いのである。
おでんは外食すると意外に高くつく。だいたい1品100~200円の幅で提供されている。それ自体は安いかもしれないが、例えば大根や豆腐などは、原価から考えると恐ろしく利益率が高い。原価と販売価格の差分を考えると、粉モノは突出しているが、おでんも相当に利益率が高い。そうなると売る側の論理が働くので、今ではコンビニのレジにもおでんがずらずら並んでいる(だからつつき回すバカがいるくらい)。そうすると、うどん屋に行っても、ラーメン屋へ行っても、コンビニに行ってもおでんのディスプレイだらけなので、気分としてはちょっと食傷気味ではあるが、食べると脳に刻まれた食欲がすぐよみがえる。
ラーメンに地域性があるように、おでんも地域性がある。やはり突出しているのは静岡おでんだ。出汁が黄金色ではなく、黒い。その黒くて甘い出汁で煮込まれた具材は真っ黒に近く、さらにとどめのようにイリコの粉末や削り節などの「ダシ粉」をかけて食べるのである。普段可も無く不可も無いおでんで慣れ親しんでいるとビックリするが、これはこれでなかなか立派なおでんに仕上がっている。逆に名古屋に行くと、○×の一つ覚えのように、味噌入りおでんが出てくる。これはおでんではなく「ただの味噌煮」なので却下なのである。
おでんは寒いときに食べるのが一番なので、基本は会社帰りの屋台でちょろっと食べるのがいい。しかし、都市部ではもう屋台などなく、しかし店に入ってまで食べる料理とも言いがたい。ふらりと入って、おでんと熱燗で立ち飲みできる店が出てきてくれないものだろうか。

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