ファッション・アクセサリ

2013年12月 9日 (月)

勾玉の由来はずばり真珠貝

日本の古墳関係の資料館に行くと、お決まりのように勾玉のストラップや、勾玉作製キットなるものが売られている。弥生人はこの勾玉がえらくお気に入りのようで、耳に垂らしたり、あるいは首飾りとして利用していたようだ。その習俗は倭人のみならず、同時代の朝鮮半島南部の韓人でも同じような記述が見られる。日本と南朝鮮では、この勾玉が共通のアクセサリーだった。
しかし、この勾玉が何を示しているのか、教科書はおろか、専門家の説明も全く定まっていない。いわゆる定説がないのである。もし勾玉が楕円であったり、あるいは球形をしておれば、それは現代の装飾品の基本形状と何ら変りがなく、「ああ宝飾品だな」ということで納得される。しかし、勾玉はヒトダマのような不思議な形をして、しかも曲がっている。あの形状は一体何を示しているのか、未だに誰も言い当てることができていない。ものの解説を見ると、腎臓を示しているとか、耳と玉を合わせてデフォルメしているとか、適当なことばかり書かれている。しかし、形状がどれも揃っていることを考えると、やはり基本となるオリジナルの物体がなければ、ああいう形で加工しない。
ここで良く考えておくことは、勾玉は基本的にアクセサリーであり、魔除けでもある。ということは、かなり高価なもの、神秘的なものを意識してデフォルメしていると考えた方が無難である。その視点で文献を良く読むと、倭人が大事にしていたものがいくつかある。水銀、珠、真珠である。特に真珠は倭国で産出するという記述があることから注目される。魏の訪問団が倭国を訪れると、現在の唐津湾沿岸の倭人は海深くに素潜りで入り、アワビやハマグリをとっていたという記述がある。ハマグリは潜らなくても潮が引けば獲れるから、基本的にはアワビ、サザエ、ウニなどを獲っていたと思われる。では真珠というのはどこから産出するのか?そう真珠は真珠貝の中から偶発的に出てくるものである。真珠が出てくるのは基本的に二枚貝、それもアコヤガイと呼ばれる在来の二枚貝が中心であることは、当時から同じであろう。
いずれにしても、真珠は今も昔も高級品だったのである。しかし、残念ながら天然の真珠は滅多に出てこないらしい。その昔、慶が三重県の英虞湾へ旅行に行ったことがある。ここは真珠王である御木本幸吉が真珠養殖を世界で最初に取り組んだお土地柄である関係で、真珠の養殖場や加工場を見て回るというツアーがある。真珠の貝(アコヤガイ)を閉じないように強制的にこじ開けて台の上に固定し、細いナイフで身を小さく切り裂き、そこに細長いピンセットのようなもので真珠の核となる貝殻で作製された球体と他の貝の身を小さくカットしたものを一緒に入れる。そうすると、半年あまりで真珠ができあがるそうだ。この作業を「玉入れ」というそうだが、この手技によって真珠の出来が大きく左右されるそうで、職人さんの秘伝中の秘伝技術となっている。
しかし慶が驚いたのは、その後の真珠の玉出しである。ほとんどのツアー客は真珠の身を押さえてツルと出てくる真珠の玉に一喜一憂しているのだが、慶はその貝柱に目が釘付けとなった。何とアコヤガイの貝柱は、勾玉と全く同じ形をしているのである。一目瞭然である。そうか、真珠を神聖なものと考えている古代人は、本物の真珠の玉こそ滅多に入手できないものの、真珠を体内に宿す神秘的な力を有したアコヤガイにあやかりたく、敢えて貝柱の形をした象形物を安物の石を加工して造ったに違いない。アワビを捕るついでに、海底から真珠の貝もとってきて、真珠玉が出てこないか押しまくっていたのだろう。
Pearl_muscle




Magatama




この勾玉=真珠の貝柱説は絶対に相違ないと確信している。変な想像力ばかりたくましくて何にも言い当てることができない古代史の学者は、このブログを読んでよく勉強すること。
ところで真珠を取り出しているオバサンに聞いてみると、この貝柱も結構おいしく、玉を取り出した後に良く食べるそうだ。

(2013年12月9日 泉水谷慶彦)
9 December, 2013, Yoshihiko IZUMIYA

2013年1月12日 (土)

バスローブ登場

真冬の寒い中、まだ時々シャワーで済ませていることがある。帰りが遅くなったりすると風呂が沸くのに時間がかかり待てないことと、水道とガスの節約だ。もちろん冬は湯船にゆっくり浸かるのがベストに間違いないが、時間がないとそうも行かないんですよね。
冬にシャワーだけで済ますと間違いなく寒い。シャワーを浴びている時は湯温の調整で何とかなるものの、問題は風呂から出た瞬間である。夏でも風呂場から脱衣所に出ただけで寒いのに、冬は死にそうなぐらいに冷える。これは血圧が上下して心臓に非常に悪い。だからできれば冬にシャワーだけで済ますのはやめた方が良い。しかし、これを何とかクリアすることができれば、冬の寒さ対策を行ううえで重要な一手である。
一応これまでとってきた対策はバスタオルを風呂場に持ち込んで、中で体を拭くこと。これはかなり効果がある。まだシャワーの湯気で室温が高いうちに、さっさと水分を拭き取る。しかし、体を拭いている間にヒュウヒュウと寒くなるし、脱衣所に出れば、濡れたまま出るよりはマシだが、やっぱり寒い思いはする。そこで、対策をより強固にするために「バスローブBathrobe」を購入することにした。バスローブを使用するのは人生初めてである。
バスローブ。何とも不思議なアイテムである。西欧の映画やテレビドラマだと、風呂上がりにバスローブを着たまま、濡れた頭をタオルで拭いているシーンが良く登場する。まさに風呂上がりというのはこのシーンである。フカフカとしたタオル生地のバスローブをまとい、ブロンドの女優がソファーで足でも組んでだべっているのは実にセクシーである。ある意味で男性ファン向けのお約束シーンである。日本のドラマでも、一昔は西欧の影響を受けて、バスローブ姿で演技をしているシーンが時々あったが、一体どれぐらいの日本人がこのバスローブを愛用しているのだろうか。その普及率は数パーセントもないのではないか。日本にはバスローブを着る習慣はない。
この度ショッピングセンターでチョコチョコ探してみたが、全く見当たらなかった。そもそも家庭で濡れた体のままでウロウロしていると、「さっさと体拭いて着替えなさい!」と怒られそうな雰囲気である。また外国のように風呂場からリビングまで距離がある住宅なら分からないでもないか、10歩あまり歩けば家の端から端まで行けるような日本の住宅事情なら、別にさっさと拭いて着替えてしまった方が合理的である。すなわち、バスローブの出番がないのである。
そう思って一度も利用していなかったのだが、ネットで探すとバスタオルに毛が生えた値段で売ってある。送料525円は痛いが、どうしても欲しくなったので買ってしまった。そして、到着した日にさっそく試してみた。
Bathrobe
色んなタイプがあったが、慶が購入したのは薄手の安物である。フカフカ感よりも、とにかく最低限の機能があれば良いということで選んだ。さっそくシャワーの後に。風呂場の中でまとう。濡れたまま衣服を着るというのは違和感がある。しかし、帯を締めて外に出ると、見事に寒くなかった。ヒーターの前に移動して頭を拭いていると、既に体中の水分はバスローブに全部吸い取られていた。よって、風呂上がりに念入りに体中をタオルで拭くという作業は不要であることが分かった。これはいいなぁ。寒くないし楽だ。外人は実によいものを発明していたものだ。もう以後の人生はバスローブ三昧だろう。もっと早く気がつけば良かった。
ネットを見ていると、このバスローブが最も活躍するのは夏らしい。風呂上がりにすぐに汗が噴き出してくるので、汗が停止するまでバスローブで過ごすそうだ。なるほど、それも一理ある。実は「ぼっちゃん」で有名な愛媛の道後温泉では、風呂上がりに浴衣を着て、汗が止るまでお茶でも飲んで過ごし、それから着替えて温泉を後にする習慣が昔からあるそうだ。これなど、バスローブで汗を吸わせてから着替えるのと同じ発想だ。この件だけみても、エコを実践するためには、昔の人から学ぶことが非常に多いことが分かる。

2013年1月 7日 (月)

厚着で寝ています

今年は本格的な冬の訪れが一カ月も早い。12月から厳冬まっしぐらである。当然室内対策もすでに真冬シフトである。この冬も寒いと予想されるので、例年と対応を変えた。室内でも厚着モードである。
下から順番に靴下、発熱繊維を使ったタイツの上にジャージ、薄手の腹巻き、丸首の長袖(裏起毛)の上にチョッキである。寝る時もこのまま。湯たんぽも何にもない。掛け布団は一つだけでタオルケット以外に毛布さえない。こうなると、ほとんど貧乏大学時代の格好だ。
メリットはある。布団や毛布を蹴飛ばして脱ぎ出ても、寒い思いはしない。掛け布団は1枚だからすぐに戻せる。そもそも掛け布団が飛んでもそれほど寒くはならないほどの厚着である。そうなると体温の上下変動が少ないので基本的に体力消耗で風邪をひくリスクが少なくなるだろう。また厚着で体温をキープできていると気分的に布団から出やすい。夜中トイレに行くのもそんなに寒くないし、朝起きる時も布団から出たくないという、おっくう感は少ない。すなわち寒さでゾクゾクとしないのだ。薄着で布団を厚くしていると、布団から出た時に寒さでゾクゾクする。ゾクゾクする時は、血管が縮小して血圧が一気に上昇するから、これは心臓などの循環器への負担が大きい。これが減らせるというのは、医学的に見て良いことばかりだと思う。
合理的と言えばそれまでだが、夏は素っ裸で、冬は厚着というのは、あまり室内でくつろいでいる感じがしないなぁ~。だいたい体が丸まって身動きが難しいし、重たい。できれば室内では一年中薄着で過ごしたいものである。しかし病院のように、一年中室内を一定の温度に保つには相当なエネルギーを使うので、このご時世ではまあ仕方ないですね。

「着ぶくれて、不便なれども、エコにいい」

2012年12月26日 (水)

今頃ダウンジャケット購入

クリスマス商戦でごった返すショッピングタウンで、男性衣料品を専門とする店で、3,980円のダウンジャケット(ウルトラライトタイプ)が3割引で売られていた。実質2,786円である。その直前に見たユニクロでは、同じような品が9,800円でぶら下がっていて、高すぎて手が出なかった。すぐ向かいにあったスポーツ衣料品店で、NIKEの通常タイプのダウンジャケットが同じ9,800円だから、何にもロゴが入っていないユニクロよりはまだましである。ユニクロは最近中級ブランドを志向するために、商品の値段を全体的に高く設定し始めている。もはや薄給サラリーマンにとって無縁ブランドになった。いずれにしても、元値でユニクロの半額、さらに3割引なら買って損はない。薄くて軽そうだし、羽織ると着心地もバッチリだ。
慶は基本的に折りたためる薄手のコートものがお気に入りで、ダウンジャケットのように膨らむタイプは苦手である。革ジャンも重たくて嫌だ。そこで、表面はナイロン地、ポリエステルの中綿、裏起毛という薄手の上着ばかりを愛用している。これでも一応暖かいし、何より室内に入った時に、カバンやバックに押し込める。移動が多い出張族には、コンパクトさが何より大事なのである。しかも、シワも入らない。これはこれで機能的な上着だと思う。
とは言いながら、ここ2年ほど極寒の冬が続き、今年も12月に入ったらいきなり2発も冬将軍に見舞われ、正直しんどくなってきた。街を見回すと、周りはダウンジャケットだらけである。慶もチョッキタイプのえせダウンジャケット(ポリエステルが入ったやつ)を室内着用に持っているが、これが全然暖かくない。だから、羽毛に変わってもどうせ大差ないだろうと思っていた訳だ。しかし、どうみても暖かそうだし、少なくとも、プライベイトの時は収納性や見た目にこだわる必要はない。せっかく格安で試着しても良さそうなら、1着ぐらいと思って購入した。

Downjacket

数日着用した段階での結論として、これは最高である。買ってみて良かった点は、まず、とにかく軽いこと。正直上着を羽織っている感覚がない。また膨れているから身動きが難しいと思いきや、全然楽勝だ。見た目が窮屈に見えるだけである。通常の綿生地のパンパンに膨れたジャンバーとは似て非なるものである。もちろん、暖かい。というより、暑くも寒くもない。これはビル風など強い風が吹いたときに、ダウンは全く上半身が寒くならないから効果が良く分かる。それでいて、急に暖かい室内に入って蒸すかと思えば全くそんなことはない。下手すると室内でもそのままの格好で居られる。 ヒトは背中が強く発熱するので、通常上着を着たまま室内に入ると背中が焼けるように熱くなる。しかし、ダウンジャケットはそれがない。どうも背中の熱が、ダウンの隙間を通って全身に分散しているようだ。家政婦の三田さんが四六時中ダウンジャケットで現われてぎょっとしたが、意外と行けるのである。
このことをもってして、如何に鳥たちが進化した生物であるのか思い知らされた。凍り付くような寒い冬でも、池で悠々と泳ぐマガモなどを見ていて、「お前ら寒くないのか!」と問いただしたくなる時があるが、なるほど、羽毛の効果は抜群だ。しかも、あれほどフサフサしていても、ほとんど重量感がない。空を飛ぶのに、羽毛が重荷になってはいけないのである。何ともすばらしい生物ではないか。それにしても、ヒトはその鳥の毛を大量にはぎ取って、衣服として身にまとう。なんて狡猾な動物なのだろうか。

「寒風を さらりとかわす 鳥の知恵」

ただ難点は静電気である。そのうち、静電気の放電効果のあるダウンジャケットというのを開発して欲しいものだ。

2012年7月31日 (火)

すごいクール衣服があるぞ

梅雨明けして、9月の上旬までは灼熱の太陽と熱帯の空気に覆われ、地獄のような暑さにのたうち回る季節になった。当然だが、汗をかく季節である。こうしたジリジリとまるでグリルで焼かれるような灼熱の気候だと、夏バテが一番辛い。これを防ぐうえで、衣服をいかにチョイスし、少しでも涼しく過ごすことが重要かつ切迫した問題である。
薄着は極限まで進めるとしても、限界がある。まさか下着姿でウロウロする訳には行かない。女性がキャミソールだけで外を歩くと、軽犯罪法違反に問われるところもあるそうだ。東京や大阪では無理だが、田舎に行くと外出時も学校の教員の定番であるTシャツにジャージ姿というのが真夏のスタイルである。県庁所在地の町中でも、若い主婦がこのスタイルで化粧もせず買い物しているのを見ると、「うぁ!田舎だぁ~」と感じる。確かに綿素材は肌触りは良くて汗の吸い方も良好だが、慶はTシャツ1枚が必ずしも涼しいと感じたことがない。いや、綿素材は薄い割に熱をため込み、一度汗で濡れるとベチョベチョになり、まるでラップで蓋をされたように蓄熱する。なかなか乾かないし、すぐに臭くなる。決して理想的な素材ではない。
しかし、最近は凄まじくサラッとした上着が出回っている。いわゆるメッシュ素材と言われるものである。薄くて軽く、表面にディンプル状の凸凹がある。羽織ってみるとサラサラと肌の上を滑る感じが強い。綿とは全然異なる、人造的だがシルクに似た肌触りだ。ひんやり感も強く、悪くは無い。原料を見ると、汗を良く吸い取る綿が一切使われず、「ポリエステル100%」と書いてある。ポリエステルはプラスチック、ペットボトルの原料と同じだから、基本的には水を吸わない筈だ。化学繊維100%で水を吸うとは一体どういうことだ

Mesh_polo

キーワードは「毛細管現象」である。ポリエステルの細い繊維を束ねて織り込んである。この隙間に水分が触れると、縦にも横にも水分がジャンジャンと吸われて拡散する。すなわち、やたらと「滲んでいく」のである。一定の細い隙間に水が毛細管現象で吸われていく訳だ。植物が重力に逆らって根から吸った水を高いところに持ち上げるのと同じ原理である。そしてその水分は表側のメッシュ素材のところに到達するとさらに拡散し、三次元構造で広大な表面積を有している面からジャンジャンと蒸発する。結果として、いくら汗をかいてもどんどん水分は吸われて表面から蒸発し、肌に接している面は常にサラサラを保っている。本当にどんなに汗をかいても30分もせずにさらっとする。これは洗濯すればすぐに分かる。干す段階で既にほぼ乾燥しているのである。蓄熱もせずに汗をかけばかくほど体温は冷えて、しかも皮脂や塩分でベトベトにはならない。魔法のような繊維だ。これに一度はまるともう他のTシャツには戻れない。慶なら間違いなくこれを開発した技術者にノーベル賞を与える
今年はこのポリエステルのメッシュ素材でできた敷パッドがあるというのでネット注文しようとしたが、売り切れ続出だった。皆考えることは同じである。クールビズが叫ばれる中で、このポリエステル繊維の毛細管機能を使った商品は右肩上がりだと思う。まだ下着が少ないが、早く商品を開発して欲しいものだ。

2012年7月26日 (木)

クーラーなしで涼しく過ごす秘策中の秘策-下

クーラー無しの真夏の室内で涼しく過ごすのに、全裸が一番安上がりで簡単であると述べた。かなり極端な提案ではあるが、そもそも裸で本当に涼しいのか。現代人は風呂に入る時以外、ずっと体に衣服をまとっている。裸で居るとどうなるのか、ヌーディスト以外は全く実感したことがない。ただ難しいことは何もなく、証明するのも簡単だ。
真夏に外出先から帰ってきて、部屋の中が無茶苦茶暑苦しい時に試してみるとよい。着替えるついでに、上下スッポンポンになって30分ぐらい過ごしてみるだけだ。汗が少し出てきて蒸発し始めると、全然暑くないのだ。むしろだんだん寒くなるぐらいである。パンツやシャツを1枚装着するだけで、暑さがぶり返してくる。人間の体はちゃんと30゚Cを超える温度でも放熱できるように設計されているのである。昔の人はそのことをちゃんと知っていて、真夏の室内では全裸だったのである。いくら熱帯夜でも夜は室温が30度を超えることはない。せいぜい26~28度の範囲だ。裸で十分にやりくりできるレベルである。汗が吸われないので少しべたつくが、これは時々濡れたタオルで体を拭けば済む話である。服を着ていると顔と手しか拭き取れず、出てくる汗の量は裸の時より多いので、むしろベタベタ感はひどい。
それと裸で過ごしていると朝方寝冷えで風邪をひくという人が居るが、これこそ体温調整機能が劣った現代人の特徴だ。人は寒くなればエネルギーを燃焼してそれを補おうとする。真夏の暑さで朝方に1~2度気温が下がる程度に対処できない人は、脂肪燃焼のスイッチが入らない人だ。だから太るのである。裸で体温が常に奪われれば、これは十分にダイエットにも効果がある。
しかし、誰が何と言おうとも、裸で家の中をウロウロするのは気が引ける。来客時は慌ててガウンなどを羽織れば良いが、クーラーを切って窓を開けた状態で裸で居るのはまずい。素っ裸で窓を開けていて、仮に通りや向かいの建物から見られても平気なのはじいさんやオッサンぐらいである。だからといって、窓もカーテンも締めると息苦しい。現状で電気代を大幅に節約し、全裸で居ても支障がない方法は、クーラーの温度設定を変更し、室温が28度ぐらいになるように設定する。窓もカーテンも閉めたまま。これであれば、裸でも誰にも見られないし、節電にもなる。しかし、クーラーを完全に切るなら窓を開けねばならない。風は通るが外からは部屋の中が見えないようにしないと、とてもではないが全裸は無理だ。レースのカーテンも最近は中が見えないものがあるにはあるが、どうしても精神的に安心できない。また、レースのカーテンは意外と風が通らないのである。一番良いのは網戸の前に「よしず」を置くことだ。これだと中は絶対に見えない。また昼間は日よけにもなる。クーラーなしで乗り切る覚悟があれば、まず必要ツールはよしずだ。皆さん、今すぐよしずを買いに走りましょう。
しかし、一人暮らしならまだしも、そもそも家族の前で全裸で過ごすこと自体が無理か...文明社会は変なプライドだけが横行し、何とも無駄なエネルギーを使っているものだ。

Yoshizu

最後に全裸もよしずもダメだが、必要最小限の着衣で最も涼しい格好は何かという人にお勧めなのは、ランニングにビキニタイプのパンツだ。女性ならキャミソールにショーツ1枚である。首筋、脇の下、股関節の動脈部分が外気に露出していることがポイントである。あとは皆さん自分なりに考えて下さい

2012年7月23日 (月)

クーラーなしで涼しく過ごす秘策中の秘策-上

真夏の節電要請で、クーラーをどうするか悩ましいところだ。誰でも思いつくのは、クーラーを使わないことだ。これで電気代を大幅に節約できる。しかし、クーラーの存在しない室内でいかに涼しく過ごすかは本当に頭の痛いところだ。慶の貧乏学生時代を思い出すと、当然クーラーはなく扇風機だけだった。若ければ一応これで何とかなった。汗は止まらず体はベタベタするから、朝起きて、学校から帰って、寝る前と1日に3回ぐらいシャワーを浴びる。不可能ではないがしんどい。もっと簡単な方法はないものか。
明治時代の書物を読むと、照明程度の電気しかない時代の人たちが、いかにして室内で涼しく過ごすか読み取れる。簡単に言えばスッポンポン、全裸だった。上だけではない。下もだ。男に限らず、女性も室内では裸同然。福沢諭吉の伝記などを読むと、真夏に師匠に呼ばれて全裸で玄関に出たら、奥さんだったので困ったと書いてあったりする。今の時代だと、例え自宅でも全裸でウロウロしていたら変態扱いされるのは間違いない。しかし、科学的に考えて、これが一番涼しい過ごし方だと思う。
体温を下げるためには体表から汗が蒸発する時に熱を奪うのと、首、脇の下、股関節など動脈が体の表面近くを流れているところから熱が逃げて行くことが有効だ。特に後者は熱中症の時に真っ先に冷やす箇所である。全裸なら体表も動脈部分も全部むき出しだし、体温は36度で室温が30度ぐらいでも十分に熱は体から外気へと放熱する。チリの鉱山での落盤事故では、地下の温度は30度で湿度は100%近かったが、全員裸で4ヶ月待ち続けて生還した。30度・4ヶ月でも人は十分生きて行ける。
電気が家に潤沢に来る前の時代、暑さを克服するのに家で全裸は当たり前の時代だった。夏はみな裸と決まっていたから、何も恥ずかしいものはない。今でいうところの銭湯に居る感覚であり、来客があっても気にならなかったのだろう。外人なんか暑いときは全裸で寝ている。寝ている時は誰ものぞきに来ないから、服をきていようが裸だろうが関係ない。世界的に見て、これが最も簡単な方法であることは慶が主張するまでもない。どうして日本人は室内で熱中症になるまで服を着続けるなど、合理的に行動しなくなったのか。首をかしげるばかりである。