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2020年8月15日 (土)

民主主義の戦後総括

Ghq-stratage

終戦後75年、実に長い月日が過ぎ、戦争を経験した世代がほとんど居なくなり、戦争の悲惨さを継承することが困難になってきている。沖縄戦、東京大空襲、広島と長崎の原爆被爆者慰霊、終戦記念日の式典など、戦争を振り返るイベントは毎年行われるが、戦争の後に我々日本人が歩み始めた「戦後体制」に関する総括はあまりなされていない。

日本人が戦争のあとに、占領軍であるGHQ、ほぼすべてはアメリカの基本路線であったが、そこから真っ先に大規模に導入したのは「自由と民主主義」である。元々大正から昭和初期までは、日本にも日本版デモクラシー(民主主義)が進んでいたのだが、1930年代後半から台頭した軍部が実権を握ってからは、天皇を頂点とした「専制・独裁・軍事優先」が進行して、残念ながら民主主義から大きく離脱してしまった。戦争中の日本は今の北朝鮮のような行き方だったのだ。従って、戦後の日本の体制は、一にも二にも「民主主義で行く」というもので、日本人の腹は完全に固まっていたと言える。

しかし、完全なる民主主義体制というものを日本はほとんど経験したことがなく、結果的にアメリカから制度も含めて直輸入することとなった。ところが、なぜか国体の方はアメリカ方式が採用されず、イギリス式の議会制民主主義がほぼ踏襲されて、天皇の象徴化と関与の解除だけが行われている。アメリカ式の民主主義がそっくりそのまま輸入されたのは、都道府県や市町村などの地方自治体だ。こちらは首長を直接住民が選挙で選出する「ミニ大統領制」が採用された。また警察も基本的に自治体に所属することとなり、都道府県職員となった。教員も義務教育は市町村職員で、高校は県職員となった。警察と教育を国から切り離したのは、戦争中の専制によるイデオロギー統制と国民監視を排除させるためであろう。さらにアメリカ式民主主義で、これまで日本にはなかった制度として、チェック機能の付与がある。元々江戸時代には旗本であっても相互監視制度があったのだが、明治以降は国民監視になって権力者(政治家や行政官)は事実上特権階級として野放しだった。アメリカのそれは制度や組織として独立したもので、これのおかげで地方議員なる巨大なポストができあがったし、学校ではPTAという摩訶不思議な組織も作られた。また労働者を保護するために、労働省という聞いたことのない役所が作られて、この地方出先機関である労働基準監督署というのが、企業の雇用環境についてギラギラ目を光らす制度も作られた。

こうしたアメリカ直輸入で導入された民主主義とそれに伴う新しい制度や組織は、戦後75年経過して、日本に受け入れられて、うまく機能するのようになっているのだろうか?アメリカとて、75年前の民主主義は未熟なものであった訳で、我々はそれを日本仕様に変更する努力をして、軋轢を生まないようにすべきだろう。しかし、実態を見ると、首長は元タレントか中央官僚のお下がり、PTAなどは完全に形骸化して本来の目的の活動は全然やっていないし、労働基準監督署も労働時間と労災を監視するばかりで、雇用環境の変化から労働者を守ることについては無力だ。就職氷河期世代を生み出したのは制度の不完全さを象徴している。結局労働組合があるのなら、労基署という組織は要らず、労組から警察もしくは弁護士に不当労働などを通報して裁判(中央労働委員会)で裁く制度でもつくれば良いのではないかという気がする。最も困るのが議員で、これは完全に既得権益、サラリーマン化して、腐敗の温床となっている。地方議員の政務費の無駄使いや癒着は目を覆うモノがある。特に昨今は都市部近郊でケバいおばちゃん議員がボコボコ増えて、まるでかつての労組における「だら幹」の状態に陥っている。

従って、戦争の悲惨さを振り返るのは当然としても、アメリカ直輸入の民主主義という制度の疲労度を検証し、これを正して、我々日本人が安定的にかつコスパよく運営できる体制を模索するべきではないだろうか。特に地方自治体の体制を大きく変えることが必要だ。

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