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2020年3月 7日 (土)

1983年ショック:洋楽と邦楽のギャップがひどかった

Kyodaibune-vs-karma-cham  

1983年というと、今から37年前になる。このブログにアクセスした人のほとんどが当時生まれていないか、生まれていてもなんの記憶もないだろう。しかし、慶は鮮明に記憶が残っている。慶は、この前年に展示品の安い、しかしスピーカーの大きな「ラジカセ」なるものを買って貰って、ひたすらFMラジオで、ヒット曲の録音をして独自のライブラリーを作っていた。今では死語となっている「エアチェック」である。レコード(コレも死語)を買う余裕がなかったので、エアチェックは生命線だった。

思春期の学生である慶にとって、最初に集めたいのは日本のヒット曲である筈なのだが、この当時は松田聖子、中森明菜、小泉今日子、シブがき隊などのヒット曲がある程度で、これとてガキっぽくてどうしようもないと思って聞いていたものだ。この年の邦楽のうち、演歌はやたらと当たり年で、現在でも有名なヒット曲が目白押しであったものの、当然学生にとってはオヤジ、じいさんの曲ばかりで、アイドル楽曲以上にどうしようもない。

1983年邦楽ヒット曲一覧
鳥羽一郎/兄弟船
大川栄作/さざんかの宿
梅沢富美男/夢芝居
細川たかし/北酒場, 矢切の渡し
ヒロシ&キーボー/3年目の浮気

アイドルと演歌の中間としては、杏里のキャッツアイ、村下孝蔵の初恋あたりが売れていたが、しょせん一発屋のヒット曲である(個人的には村下孝蔵はもっと活躍して欲しかった)。当時からサザンとかユーミンとか長渕剛などもいたし、同級生はそういうのにハマっているのも居たモノの、やはりぐぐっと来るレベルではないし、そもそも同級生よりは格好つけたい年ごろでもある。

せっかくラジカセを買って貰ったのに、聞くべき曲があまりないということで、エアチェックの対象は洋楽の方に向かう。そうすると、1983年を含む1980年代、特に1980年代の前半は洋楽の大隆盛期であり、ぞっとするほど大量のヒット曲がイギリスやアメリカのヒットチャートを賑わしていたのである。1983年の主立ったヒット曲を並べるだけでも以下のようになっている。

1983年洋楽ヒット曲一覧
ポリス/見つめていたい
マイケル・ジャクソン/スリラー, ビリー・ジーン, 今夜はビート・イット
アイリーン・キャラ/フラッシュダンス~ホワット・ア・フィーリング
メン・アット・ワーク/ダウン・アンダー
ダリル・ホール&ジョン・オーツ/マンイーター, ワン・オン・ワン
カルチャー・クラブ/君は完璧さ, タイム, Karma Chameleon
デュラン・デュラン/ハングリー・ライク・ザ・ウルフ, プリーズ・テル・ミー・ナウ
デヴィッド・ボウイ/レッツ・ダンス, チャイナ・ガール
TOTO/アフリカ
プリンス/1999, リトル・レッド・コルベット
フィル・コリンズ/恋はあせらず
ジャーニー/セパレイト・ウェイズ
マドンナ/ホリデイ, ラッキー・スター
ネーナ/ロックバルーンは99
シンディ・ローパー/Girls Just Want to Have Fun
ロッド・スチュワート/Baby jane
クール&ザ・ギャング/ジョアンナ
ポール・ヤング/Come back and stay
ライオネル・リッチー/オールナイト・ロング
ユーリズミックス/スイート・ドリームス, Who's that girl
フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド/リラックス
ビリー・ジョエル/あの娘にアタック
ヒューマン・リーグ/Fascination
ニュー・オーダー/ブルー・マンデー
ネイキッド・アイズ/僕はこんなに
ハワード・ジョーンズ/ニュー・ソング
イエス/Owner of a lonely heart
Wham!/バッド・ボーイ, クラブ・トロピカーナ
カジャグーグー/君はToo Shy
ブライアン・アダムス/フロム・ザ・ハート
ジョー・ジャクソン/Steppin' out
トンプソン・ツインズ/ホールド・ミー・ナウ
ロマンチックス/Talking in your sleep
マイケル・センベロ/マニアック
ガゼボ/アイ・ライク・ショパン
クォーターフラッシュ/ Take Me To Heart
スパンダー・バレエ/トゥルー, ゴールド
アース・ウィンド&ファイア/フォール・イン・ラブ
ハービーハンコック, Rockit

たった1年でここまで耳馴染みのヒット曲を排出した年は他に類例がないのではないだろうか。それも、ポリス、デビッド・ボウイ、ホール&オーツのようにアダルトなものから、デュラン・デュラン、カルチャークラブ、カジャグーグーのようにイギリスの軽いノリのポップまで、実に多様である。まさにヒット曲が爆発状態で、ラジカセを買ったばかりで手ぐすね引いていた慶はどっぷり洋楽にハマってしまったのは当然である。今思えばなんと言う巡り合わせだったのだろう。

これらのヒット曲を毎週まとめて聞ける番組が「DIATONEポップスベストテン」であった(現在はCOSMOポップスベストテン→コスモポップスステーションとして継続)。オープニングのタイトルコールが、ステレオで聴いていると左から右に駆け抜けるようになっていて、思い出すだけで懐かしい。東京FMをキーステーションに、毎週土曜日の14時から1時間、生放送でヒット曲が流れる。これを聞いて、最新の洋楽ヒット曲に耳をならしておき、これらのヒット曲を全曲流してくれるNHK-FMの番組を狙って曲を録音していたのである。まさに世界に開いた唯一の窓で、まるで言論統制の厳しい社会主義国家の国民が隠れてアメリカの放送を聞いているようなものに近かった。

この1983年の洋楽と邦楽の落差があまりにひどいので、以後音楽に関して、慶は無類の西洋びいきになってしまったような気がする。日本ではパンチパーマの演歌歌手が漁船に乗ったり、タンスを担いだりしている映像で、イギリスやアメリカではMTVという番組で、マイケル・ジャクソンが映画ばりの凝った映像や、カルチャークラブのようにきれいに女装して歌っているなど、地球の裏側ではとんでもない状態になっていた。当時パイオニアのレーザー・ディスクなる最新のデジタル映像再生システムが売られている時で、デパートの家電売り場でマイケル・ジャクソンのスリラーの映像を見た時のショック度は未だに覚えている。この1983年の洋楽と邦楽の落差があまりにひどいので、日本が音楽の世界で西洋にキャッチアップしたとは思っていない。もちろん、音楽だけみて国家間の優劣は付けれないのだが、その圧倒的な力量の違いは未だに強烈な記憶となっている。

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