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2019年5月29日 (水)

飛行機に乗るのも勉強

何の話かと言えば、修学旅行だ。慶の時代の修学旅行というのは、夜行列車や新幹線で目的地近くまで出かけ、現地で観光バスを従えて名所旧跡を回るスタイルだった。まさに昭和の典型的なスタイルである。修学旅行という団体旅行は未だに脈々と続いている。修学旅行が楽しかったという思い出はあるのだが、正直連れ回されるばかりで、どこをどう回ったのかさっぱり記憶にない。ただ、強烈に記憶に残っているのは「上高地」だ。あの美しい森林、どこまでも冷たく潤沢な清流を見て、度肝を抜かれて、このまま何日か留まっていたいと思ったほどである。

時代は流れ、修学旅行も様変わり。まず学生数がほぼ半減している。クラスがそもそも少なく、それこそバス8台とか従えて観光巡りするような規模はまずない。さらに、学校によっては、修学旅行先が2,3カ所に分かれていて、希望のところに分散する方法もある。また現地で4人ぐらいの班を作って街ブラ、あるいはタクシーツアーというのもある。そうなると、「全員で同じところに強制的に」というスタイルが完全に崩れてしまう。また昔は名所旧跡ばかり回っていたが、現在は学生の思い出を残すために、ディズニーランドやUSJなどのテーマパークも”視察”の対象となっている。学校行事でディズニーランドとはおかしな話であるが、ここは天下の文科省も教育的指導を入れていないようだ。

また飛行機の利用も増えていて、10~12月のオフシーズンになると、飛行機にこの修学旅行生の団体が乗り込んで来て、出発が遅れるというのが日常茶飯事である。羽田空港から修学旅行生などと一緒になると、群馬、栃木、茨城など北関東の田舎高校の学生がゾロゾロで、飛行機に乗るのが「はじめて」という学生も多く、離陸のための加速が始まると、「キャ~」「ヤバ~」「マジかよ~」と奇声が響き渡る。観光やビジネスで何度も乗っている大人にとっては別にどうでも良く、「何だこの田舎のガキンチョどもは!!」という感じで迷惑なのである。

しかし、着陸する頃には慣れてしまって、先生からも「我慢しろ」という強い指導も行き渡り、その大騒ぎもない。思い返せば、自分が初めて飛行機に乗った時も、その緊張感と周りの大人の冷静さのギャップに戸惑いを感じたものだ。だいたい乗る前に緊張で用を足したくなり、トイレに駆け込んで財布を置き忘れて呼び出されたというのが最初だ。今でこそ「このガキが!」と見下しているが、思い返せばもっと情けない過去を持っている。そういう意味では、飛行機に乗るというのもs社会勉強の一つと言えよう。

 

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