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2019年2月25日 (月)

チキン料理における恐ろしほど天才的な発明

Chikin_nanban

慶は自分で料理することが多いのだが、肉料理は基本的に牛肉、豚肉、鶏肉の3種類しかなく、その中でも価格的なこともあり、豚肉や鶏肉料理が中心となる。肉料理というのは、基本は焼く、煮る、揚げるが基本で、そこから先は他の料理に具材として溶かし込まれていく。例えば、トンカツやトンテキとなれば豚肉100%の料理だし、その豚肉をサイコロ状にカットしてカレーに入れれば、豚肉の特徴は薄れてゆく。しょうが焼きは豚肉ほぼ100%だが、野菜の炒め物に入れれば豚肉としての存在感は薄れてゆく。魚であれば、刺身や煮付けなどは丸のままで多種多様な味が楽しめるが、肉料理は部位によって単独でおいしく賞味できる部分もあれば、鶏のムネ肉のように、そのままではパサパサしてさっぱりおいしくない部位もある。具材100%で作ろうとすると、意外にバリエーションがない。外国とかに行けば、それこそ焼いただけの肉の塊が出てきて、後はテーブルの上にある塩、コショウ、タバスコで「勝手に食え!」という感じで興ざめする。
そうした状況では、慶はある鶏肉料理のおいしさに驚愕し、その天才的な発明にただただひれ伏している。それは、「チキン南蛮」である。今や数ある鶏肉料理のラインナップの一つに過ぎないかもしれないが、これほど独創的で、シンプルで、それでいて万人がおいしいと感じる鶏肉料理はないのではないか。日本オリジナルの鶏肉料理では、焼き鳥が世界中に知れ渡っている。もちろん、焼き鳥がうまいことは筆舌に尽くせないが、焼き鳥は仕込みと炭火焼きに恐ろしく手間がかかる。とても家庭で作れるような料理ではない。それに比較すれば、チキン南蛮は家庭でも簡単に作れるし、これが鶏肉料理かと思うほど全く別料理である。あまりにおいしすぎて、ハッキリ言ってご飯が止まらない。
チキン南蛮の肉の部位は、ムネ肉でもモモ肉でも構わない。大事なのはパン粉を使わない衣で揚げた肉の塊に甘酢をくぐらせ、さらにたっぷりのタルタルソースをぶっかけてぶつ切りにすることである。もし、揚げた鶏肉を甘酢をくぐらせるだけなら、酢豚の肉の部分だけを鶏肉で代用しただけだ。また、甘酢をくぐらせず、タルタルソースだけをかけるなら、これはカキフライやエビフライの鶏肉バージョンである。これが甘酢とタルタルソースのW酸味+クリーミーさが加わると、肉のパサパサ感などは完全に吹き飛んでしまうのである。それでいて、酸味と甘みが鶏肉の独特の臭みを包み込み、超パワフルで、なんとも言われぬ、実に麻薬的なおいしさが醸し出される。恐らく焼き鳥を知っている外国人は多いが、チキン南蛮を知っている外国人は意外と少ないだろう。しかし、これから先、外国人がこのチキン南蛮のうまさを発見し、世界へ発信した場合、チキン南蛮が寿司や焼き鳥同様、世界的に認知された日本料理として羽ばたく可能性は十分にある。
このチキン南蛮、発祥の地は宮崎県の延岡市という、ほぼ誰も行ったことがない辺鄙な地方都市で生まれている。それも、2つある発祥説のいずれも、延岡市内にあった洋食屋のまかない料理だったということだ。宮崎県というのは、かつて知事が自ら地鶏の宣伝をしていたほど、鶏料理が日常の食生活に溢れているそうだ。日本中、世界中で食べられている鶏肉について、頭一つ二つ飛び抜けた料理を考えつくというのは、やはり天才が必要なのであろう。もちろん、今のチキン南蛮のスタイルがいきなり誕生したのではない。元々のまかない料理は、ムネ肉を揚げたものにアジの南蛮漬で使う甘酢をくぐらせただけだったそうだ。ここまでなら、特に珍しい料理ではないが、そこに、エビフライにかけるタルタルソースをコラボさせて、現在のチキン南蛮のスタイルが誕生している。豚骨ラーメンの誕生秘話と同じく、チキン南蛮もある一人の天才が発明したのではなく、複数の人の知恵の結集で今のスタイルが確立されたのである。


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