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2013年11月29日 (金)

懐かしのアナログオーディオ:さらばレコード(その2)

レコードを再生するには「レコードプレーヤー」が必要である。ターンテーブルという円盤を乗せるゴムの台があり、右奥に「トーンアーム」という、軽いアルミ製のパイプがセットされていて、その先端に「カートリッジ」という針を収納した小さいヘッドが装着されている。カートリッジは、原始的な「ねじ止め」である。音楽を聴く時はターンテーブルを回転させるスイッチを入れて、所定の速度に設定した後、レコードの外縁をじっと凝視し、刻まれた音源がない、すなわち、濁っていない黒くて透明な部分に手でそっとカートリッジを乗せる。高級なレコードプレイヤーは赤外線センサーがあって、この動作をオートでやってくれる。針が落ちた瞬間に「バリッ」と異常な音がするが、それは一瞬であり、その後しばらくジリジリというノイズが入った後、第1曲目が始まる。実に懐かしい。2曲目、3曲目と飛ばして聞きたい時には、その都度カートリッジの横に小さく飛び出しているつまみを持ち上げてカートリッジをi一旦離脱させ、次の溝を狙って針を落とす。この原理はエジソンの蓄音機から何ら変わらない。今のようにボタン一つ、一瞬で次の曲に行けるなど、夢のまた夢のような技術である。
このアナログ技術の最たるものだったレコードは、当然トラブルも多い。まずレコードが埃で汚れるとジリジリとノイズが激しくなる。埃を取ろうとおもって専用のベルベット生地のクリーナーで拭くのが、拭く度に静電気が発生して余計に埃がつく。だから帯電防止剤入りのスプレーをかけてから拭き取るのがセオリーだった。ジリジリはまだ良い方で、溝が傷ついたりすると音飛びがする。ひどいとまるで円広志の夢想花よろしく、同じフレーズがリピートして前に進まなくなったりする。レコードは直径が30cmもあって、タダでさえ持ちにくいから、どっかにこすりながら落としたりしたら最低1~2曲分は死んだと諦めるしかない。さらにレコード針の先端はダイヤモンドを加工して固く作ってあるので、再生を繰り返すと溝がすり減って徐々に音質が低下する。特に高音側の劣化はひどく、極端な場合、1回かけるだけで音質が悪化する。だから、買ってきて最初の1回目の再生をテープに録音するのであった。すなわち、レコードは消耗品だったのである。アナログ機器の最たるものだった。
だからCDが最初に出てきた時の衝撃は今でも忘れられない。原音に忠実でノイズはないし、何度聞いても音質が劣化しない。選曲も一発・一瞬なのだから。まさにデジタルの夜明けであった。レコードで飼い慣らされた人間のほとんどが、CDの音を聞いた瞬間に、それまで100年近く慣れ親しんだレコードをあっさりと捨ててCDに走ったのは当然であった。

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