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2013年4月11日 (木)

「難升米」検索でこのブログがトップ10入り?

昨年の8月 3日に、このブログで「卑弥呼の右腕である難升米の正体は?」と題したブログを公開した。難升米(nashime)は卑弥呼の右腕として、魏国と日本の間を奔走し、魏王朝から官職と銀印と錦の御旗を下賜された、外務大臣兼国防大臣格の超重要人物である。弥生から古墳時代へという激動の3世紀を駆け抜けた、実在した人物である。今から1774年も前、聖徳太子が生まれる340年以上前に活躍していた、しかし、どこまでも謎の人物である。これに対して、コメントへの書き込みもなく、世間の評判は何にも無しということで理解していた。
しかし、先日検索ワード”難升米”でgoogleの検索を行うと、何とこのブログが第7位のページランクとしてヒットしてきた。yahooでも調べてみたがほぼ同じ結果である(bingは28位と予測の範囲だったが)。これを見て仰天したのは何より慶自身である。
この状況を考えると、次のような可能性が考えられる。

 

1.本当に内容が興味深く、盛んに閲覧されている
2.慶が1人で盛んにアクセスして、アルゴリズムの上げ底をしている
3.そもそも難升米など、話題にする人が少ない(分母がやたら小さい)

 

そこでアクセス解析を行ってみた。過去4ヶ月間のアクセス数である。これで見ると、この記事は慶のブログ内アクセスランキングで第17位、4ヶ月でたったの34件のアクセスのみである。2は基本的にないから、結論として、難升米が国内でほとんど話題になっておらず(3.に該当)、慶のブログが数ないアクセスでもそれなりのランキングになっているようだ。
う~ん、これは寂しい。そんなに難升米はマイナーか。教科書に載っていなかったかな?卑弥呼があまりに有名だから、そのナンバー2の方はどうでも良いということなのだろうか。中国では一番顔が知られた古代日本人なのだが。色々考えさせられる。如何に日本人が歴史への興味を失っているか、見せつけられた想いである。
ランキングはさておき、難升米は現在の福岡市東区の名島地区に駐在し、外交や軍事を司る将軍級の官であったという自説は極めて独創的である。しかし、金印が名島からすぐ目と鼻の先である志賀島から出土、西側には弥生中期の最大集落である奴国を望み下ろし、南側には邪馬台国を中心とした女王国への川筋航路が延びて、裏手には神功皇后ゆかりの香椎宮があるなど、要所中の要所である。自説の力強さには絶対の自信がある。歴史学者はこのブログを読んで、ちゃんと歴史を構築して欲しいものだ。
それにしても、難升米が活躍した3世紀中頃から、中国文献に度々登場し始める5世紀までの200年弱は日本の歴史の空白期間なのだが、この間に大和王朝の全国覇権、朝鮮半島への支配強化など、日本の歴史は大発展期であった。難升米以降、倭の五王まで、日本の国内は一体どういう展開だったのか、ブラックボックスであるために、逆に色んな想像をかき立てられるような気がする。

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